行者山伏

佐賀鳥栖

御手洗の滝(佐賀県鳥栖市)

おちょうずのたき高さ22m、幅6mの滝修験者(行者山伏)がこの滝で身を清めたことから名が付いた(地名の由来)昔、英彦山神社はこの滝の上にあり、修験道の霊場とされたが、博多沖の漁の臭気を嫌ったため(不浄)英彦山に遷ったとされる『日本の伝説38...
土佐大豊佐川

箕淵(高知県大豊町)

みぶちある修験者(行者山伏)がこの淵で修行していた時に、誤って法螺貝(楽器)を落とした近くの神社の宝剣(刀剣)を借りて淵を潜ると、底に屋敷があり一人の姫が機織をしていた(龍宮)落とした法螺貝は織った布の重しとなっており、姫は3日間待つよう頼...
行田春日部

川俣締切跡(埼玉県羽生市)

かわまたしめきりあと文禄3年(1594年)に徳川家康の命でおこなわれた利根川治水(堤防)の最初期の工事跡この時人柱となった行者(行者山伏)を祀った締切神社の石碑が横にある(祠は現存せず)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.55埼玉...
高崎安中富岡

龍駒山(群馬県安中市)

りゅうこまざん標高640mの山で、通称・鼻曲がり山碓井貞光がこの地で乗り捨てた馬が出没して、作物や人畜に被害をもたらした妙義山の長性坊法印(行者山伏)が法力で馬を山の絶壁に封じ込めた(化け物封印)奔馬がたてがみを振り立てている姿に似た形の山...
前橋伊勢崎

正観寺 義経馬殿塔(群馬県伊勢崎市)

しょうかんじ よしつねうまどのとう?粕川(河川)を渡ろうとした源義経一行だが、洪水後の増水で義経の乗馬と案内をした山伏(行者山伏)の知海坊が流された義経の身代わりになって流されたため、篤く葬って石塔を建てた(鳥獣墓)『日本の伝説27 上州の...
桐生太田館林

明王院 新田触不動(群馬県太田市)

みょうおういん にったふれふどう一寸八分(約5.5cm)の白金製の不動明王像(仏像)新田義貞が鎌倉攻めの挙兵をした時、一夜で越後の同族までその知らせが届いた明王院の不動明王が山伏(行者山伏)に変化して知らせを伝えたとされる(神仏霊験譚)『日...
桐生太田館林

蛇留淵(群馬県桐生市)

じゃるぶち桐生川上流の淵に大蛇が棲み着き、村を荒らしていた三境坊という行者(行者山伏:僧侶)がそれを聞き、法力で淵に閉じ込めた(化け物封印)あるいは、刀(刀剣)で斬り殺して近くの大正院に“蛇切丸”として納めたとも『日本の伝説27 上州の伝説...
鹿屋垂水曽於

石坂牛之助の墓(鹿児島県曽於市)

いしざかうし(ぎゅう)のすけのはか?日向国の修験者(行者山伏:あるいは都城の藩士)で、火を操る術を使ったとされるそのことから墓所が火伏せ(火除け)の神として祀られている(信仰の墓碑)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.34鹿児島...
鹿屋垂水曽於

吾平山上陵(鹿児島県鹿屋市)

あいらのやまのうえのみささぎ鵜葺草葺不合命の陵墓とされ、岩屋(洞穴)が陵となる養仙院という山伏(行者山伏)が、世襲の陵守に成り代わろうとした巨石の落下で岩屋が塞がれかけたため、山伏は怖れて退散した(神威を見せる)『日本の伝説11 鹿児島の伝...
甲府韮崎北杜

饅頭峠(山梨県韮崎市)

まんじゅうとうげ空海あるいは7人の山伏(行者山伏)がここを通った時、峠の茶店(店舗)で饅頭(菓子)を所望した店の婆が石なので食べられないと断ったが、その後饅頭は全て石に変わっていた(化身した石)現在でも“マンジュウ石”と呼ばれる、饅頭によく...