長髄彦

橿原桜井天理

跡見橋(奈良県桜井市)

あとみばし栗原川に架かる橋神武東征の折、長髄彦と対峙した神武天皇が進軍する際に、この橋で後ろを振り返った神武天皇の軍勢に押されて退却する長髄彦が、この橋で後ろを振り返った『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.53奈良県桜井市 外山
八尾河内長野

楯津浜の碑(大阪府東大阪市)

たでつはまのひ神武東征の際、長髄彦に孔舎衙坂で敗れた神武天皇らが退却した地ここまで退却したところで、神武天皇は、負傷した兄・五瀬命のために盾を立てて雄叫びを上げたことから盾津の名が付いた(地名の由来)盾津の比定地とされる場所に石碑がある『日...
泉大津岸和田

男神社摂社 浜宮(大阪府泉南市)

おのじんじゃせっしゃ はまみや男神社の元宮の地とされる神武東征で長髄彦と戦って深手を負った五瀬命が雄叫びを上げて亡くなった地男神社は貞観元年(859年)に現在地へ遷座している『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.62大阪府泉南市 男里
泉大津岸和田

日根神社(大阪府泉佐野市)

ひねじんじゃ別名・大井関明神神武東征の折、長髄彦に敗れた神武天皇は紀州へ向かうこととし、この地で戦勝祈願をした最初この地で日の国神・天照大神と、根の国の神・素戔嗚尊を祀ったことから日根野の地名の由来となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川...

日部神社(大阪府堺市西区)

くさべじんじゃ神武東征の折、初めて神武天皇が上陸して長髄彦と最初に戦った“日下の蓼津”の比定地とされ、石碑が建つ和泉国の豪族・日下部首氏の祖神である彦坐命を祀る本殿脇にある石灯籠は正平24年(1369年)の銘があり、楠木正儀(南北朝の武将)...