飢饉

武雄多久

晴気天山社(佐賀県小城市)

はるけてんざんしゃ天山の麓の、3社ある下宮の一つかつて天山を七回りも巻くほどの大蛇が棲んでおり、夜な夜な晴気天山社境内の池の水を飲みに現れたこの池に龍の絵(絵画)を入れたところ、大蛇がそれを見て怒り、嵐となったその年は作物が不作となり(飢饉...
佐賀鳥栖

九千部山(佐賀県鳥栖市)

くせんぶやま天暦5年(951年)この地方の飢饉を憂えた隆信沙門(僧侶)が山頂で49日間の法華経一万部読誦の発願をした残り7日となった時に白蛇が現れ、さらに傍らに美女(怪人)が現れて誘惑してきた心を奪われた沙門は女を抱き、満願の日に骸となって...
石見

井戸神社(島根県大田市)

いどじんじゃ享保の大飢饉の折、大森代官として赴任した井戸正明(幕臣)を祭神とする飢饉対策としてさつまいもの栽培に着手し、多くの領民を救ったとされ「芋代官」と呼ばれた『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店)p.72島根県大田市 大森町
出雲

▲義民伝六の碑(島根県奥出雲町)

ぎみんでんろくのひ天明4年(1784年)の飢饉で、年貢の減免を訴えた義民の伝六が処刑された跡(刑場)に建つ石碑晒された首級は真っ直ぐに向けても、翌日には松江の城を向いて睨みつけ続けた(死者の怪)『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店...
峡南

円蔵院 百石石(山梨県南部町)

えんぞういん ひゃっこくいし本堂裏庭にある名石領主であった穴山信友(戦国武将)が、飢饉で米100石を村人に給する際に、富士川の河原から石を運ばせた(慈善事業)『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.101山梨県南部町 南部
峡北峡中

▲泉龍寺 無頭坊上人塚(山梨県北杜市)

せんりゅうじ むとうぼうしょうにんづか?天保の飢饉の折、凶作から人々を救いたいと一人の托鉢僧(僧侶)が穴を掘って土中に入定した(入定塚)その跡に無縫塔を建て、無頭坊と呼んだ『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.83山梨県北杜市 高根...
能登南

八幡佐太神社(石川県羽咋市)

やわたさたじんじゃ飢饉年の冬に田んぼで一株の稲穂を発見し、田の神として祀ったところ豊作となった現在でもその稲穂が御神体となる(神仏霊験譚)『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.93石川県羽咋市 三ツ屋町
下越

餓鬼地蔵(新潟県新潟市秋葉区)

がきじぞう飢饉による餓死者を埋めて供養した場所に建てられた地蔵この前を通ると急に空腹になり倒れてしまう者が多くあった(餓鬼憑き)最初に味噌汁(料理)を飲ませ、その後粥を食べさせると治るという『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.10...
日田竹田

烏宿神社(大分県日田市)

からとまりじんじゃ日田の大蔵三郎永隆(源平の武将)が平氏に囚われた時、2羽の烏が飛んで来て自分を助ける夢を見た(夢告)その後、源氏が勝って永隆は解放された参道にある池は不治の病や害虫に効験があり(虫除け)、飢饉の際に日田代官が命じて領内の者...
最上

草餅地蔵(山形県最上町)

くさもちじぞう草餅(菓子)が好きな地蔵とされ、村人は草餅を作るとお供えをするという夜な夜な娘に化けて町へ出歩くため、「夜這い地蔵」の別名を持つ(遊ぶ神仏)飢饉で餓死した者の供養のために造られたとされる『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)...