高槻茨木池田呉服神社(大阪府池田市) くれはじんじゃ中国から呼び寄せた機織工女の姉妹のうち、姉の呉服媛(くれはとりのひめ:渡来人)を祭神とする呉服媛は仁徳天皇76年(388年)に亡くなり、翌年に社に祀られた絹の織布を指す“呉服”の語源とされる(起源伝説)『日本の伝説8 大阪の伝... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田箕面大滝(大阪府箕面市) みのおおおたき落差33m、幅5mの滝ある武士が滝壺の覗き込んだところ腰の刀(刀剣)を落としたため、不動明王に祈願して滝行をおこなった満願の日、刀は吹田の垂水に流れ着いているとのお告げを聞き、その通り見つけ出した『日本の伝説8 大阪の伝説』(... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田弁慶の鏡水跡(大阪府箕面市) べんけいのかがみみずあと平氏との戦い(一の谷の戦い)の臨むに当たって、この地へ来た弁慶が池に映る自分の姿を見て戦況の占いを立てた現在は直径2mほどの窪地が池の跡として残るだけ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.114大阪府箕面市 瀬... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田長興寺住吉神社(大阪府豊中市長興寺) ちょうこうじすみよしじんじゃ村の年長者が、近くの池で沐浴して鍋(鍋釜)を被り、夜通し雨乞いをする「鍋いただき」の神事(祭礼)が長くおこなわれた(雨乞い伝説)また当年に他村から嫁に来た者の頭に鍋を被せて神社に祈願すると大雨が降るという(祈雨)... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田服部天神宮(大阪府豊中市) はっとりてんじんぐう藤原魚名(藤原氏)は讒言を受けて大宰府に左遷の途中、この地で病を得て亡くなった菅原道真も同じく左遷となって下向中、この地で足の病で逗留し、魚名の墓を見つけ丁重に供養した(信仰の墓碑)その後道真の足の病は平癒し、足の神様と... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田椋橋総社 鯉塚(大阪府豊中市) くらはしそうしゃ こいづか別名“鯉の宮”行基が架橋工事に失敗したため、この神社に祈ったところ、大量の鯉が群れをなして橋代わりとなって工事を成功させたこれ以来村人は鯉を捕ることを戒め(禁忌)、死んだ鯉は塚に埋めて供養した(畜類供養)『日本の伝... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田水無瀬神宮 石川五右衛門の手形(大阪府島本町) みなせじんぐう いしかわごえもんのてがた石川五右衛門が後鳥羽上皇御作の刀剣を盗もうとしたが、一歩も侵入することが出来なかった(神威を見せる)七昼夜潜んでいたが結局叶わず、神威の恐ろしさを示すため神門の右柱に手形(手形足形)を残した『日本の伝... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田桜井駅跡(大阪府島本町) さくらいえきのあと楠木正成が湊川の戦いに赴く直前に息子の正行と対面、戦いに加わらず郷里へ戻るよう諭して別れた地親子の情愛を示す逸話として明治時代以降数多くの顕彰碑が建った『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111日本伝承大鑑:大阪府... 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田不老水(大阪府高槻市) ふろうすい歌人の伊勢を慕ってこの地に隠棲した能因法師が、茶を飲む時に使ったとされる湧水法師が不老不死を願って茶を飲んだことからその名が付いた(地名の由来)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111大阪府高槻市 古曽部町 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田能因文塚(大阪府高槻市) のういんふみづか歌人の伊勢を慕ってこの地に隠棲した能因法師が、死の間際に和歌の草稿(文書)を埋めたとされる塚(物品供養)嘉永2年(1849年)に山藤辰政によって文塚の顕彰碑が建てられた『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111大阪府... 2025.07.13高槻茨木池田