佐賀鳥栖別れの松(佐賀県佐賀市) わかれのまつ肥前藩の嘉瀬刑場へ送られる罪人が、最後に家族と面会できた場所にあった松の木この場所で罪人と家族が別れの水盃を交わすことが許された現在は移転しており、3代目の松が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.49佐賀... 2026.01.18佐賀鳥栖
佐賀鳥栖浮盃金立神社 徐福上陸地(佐賀県佐賀市) ぶばいきんりゅうじんじゃ じょふくじょうりくち不老不死の仙薬(薬草)を求めて秦から来訪した徐福が最初に上陸した場所に建つ神社海岸まで船で来た徐福は、海に盃(酒器)を浮かべて良地を占いし、それが流れ着いた場所から上陸し浮盃と名付けた(地名の由... 2026.01.13佐賀鳥栖
佐賀鳥栖小松神社(佐賀県佐賀市) こまつじんじゃ祭神は平重盛で、この地に落ち延びた平家の落人が重盛を慕って社を建てた(創建伝説)年2回おこなわれる浮立(踊り:祭礼)は、一の谷の戦いで平敦盛が“青葉の笛”を取りに戻ったため熊谷直実に討ち取られたとの言い伝えから、笛(楽器)を用... 2026.01.13佐賀鳥栖
佐賀鳥栖本庄神社 楼門の猿(佐賀県佐賀市) ほんじょうじんじゃ ろうもんのさる名匠と言われた詫田の番匠(大工)が慶長17年(1612年)に造った楼門の上に飾られた、2匹の猿の木像夜な夜な門から下りて近くの田畑を荒らしているのが見つかり、村人が藩主の鍋島直茂(大名)に訴えた(動く絵や像... 2026.01.06佐賀鳥栖
佐賀鳥栖万部島(佐賀県佐賀市) まんぶじま佐賀城の鬼門に当たる、堀と川に囲まれた中洲で、永正2年(1505年)に龍造寺家兼(戦国大名)が国家安泰・万民安楽を願って法華経(経典)一万部の誦経(宗教儀式)をおこなった以後明治維新になるまで、肥前藩の藩主(大名)が誦経を執りおこ... 2026.01.06佐賀鳥栖
佐賀鳥栖天祐寺(佐賀県佐賀市) てんゆうじ龍造寺隆信(戦国大名)の敗死後、重臣の鍋島直茂が龍造寺家に代わって領地を統治した江戸幕府になっても鍋島家の統治が続いたため、隆信の孫の龍造寺高房は自害、まもなく高房の父の政家も病死した(お家騒動)その後佐賀城下に、白装束の高房の幽... 2026.01.05佐賀鳥栖
佐賀鳥栖松原神社 松原河童社(佐賀県佐賀市) まつばらじんじゃ まつばらかわそうしゃ 松原神社の祭神は肥前藩祖・鍋島直茂(大名)で、その法号を採って“日峯大明神”とも呼ばれる工事の人手不足解消のため、兵部大輔が呪術を使って人形を働かせ、その後川に棄てたところ河童となった近くを流れる松原... 2026.01.05佐賀鳥栖
佐賀鳥栖龍造寺八幡宮 楠神社(佐賀県佐賀市) りゅうぞうじはちまんぐう くすのきじんじゃ文治3年(1187年)に龍造寺氏(武家)の祖が鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を勧請した代々の龍造寺氏、及び鍋島氏が崇敬した寛文3年(1663年)に藩士が楠木正成・楠木正行(南北朝の武将)父子の木像(貴人像)... 2026.01.05佐賀鳥栖
佐賀鳥栖古湯温泉(佐賀県佐賀市) ふるゆおんせん金立山にあって“北の翁”を名乗っていた徐福が、湯の神に導かれて発見した温泉「湯を開いて人を救済せよ」とのお告げで、庵を建てて湯守りとなったが、その後寂れたその後僧侶らが開湯するなど何度か興廃を繰り返したが、元禄16年(1703... 2026.01.03佐賀鳥栖
佐賀鳥栖万寿寺 竜王池(佐賀県佐賀市) まんじゅじ りゅうおういけ仁治元年(1240年)に神子栄尊和尚(名僧)がこの寺を開基してまもなく、落雷と共に2体の鬼の姿をした異形の者(異人:天人)が境内に落ちてきた和尚が捕らえて誰何すると、善護・慈済と名乗る龍王(龍神)の使いで、水火二振... 2026.01.03佐賀鳥栖