せんしょうじ さねわれうめ
- 明応6年(1497年)に少弐政資(戦国大名)は大内氏に敗れ退却し、さらに多久氏の離反により、専称寺で自害した
- 自害の直前、腰に付けた梅干し(食品食材)を口にし、種を噛み砕いて地面に捨てた
- その後捨てた種から梅の木が生長したが、成った実の種は最初から噛んだように割れているとされる(変種の起源)
- 専称寺には政資の墓碑も残る(墓所)
『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.65
日本伝承大鑑:https://japanmystery.com/saga/sensyoji.html
佐賀県多久市 多久町

