西ノ原大明神(佐賀県多久市)

武雄多久

にしのはるだいみょうじん

  • 佐賀藩多久7代邑主・多久茂堯(大名一門)の娘・林姫(姫君)を祀る神社
  • 明和3年(1766年)、父・茂堯が江戸詰で留守の際、家臣の相浦善右衛門と密通に及び、林姫は懐妊してしまう(醜聞)
  • 報告を受けた父は、姫に自害、善右衛門に追放を処して、5人の使者を地元に派遣した
  • 派遣の際、使者に密かに朝鮮人参(薬草)を渡し、姫が堕胎すれば助命することを示唆した
  • しかし使者はそれを悟れず、姫はそのまま自害、善右衛門も後を追って自害した
  • 茂堯が戻ると姫は自害しており、使者に問い質したところ、使者も責めを負って自害した
  • その後、多久邑では不幸が続いたため(祟り)、10代茂澄が天保8年(1837年)に林姫を供養した
  • すると林姫の幽霊が現れ「西ノ原に堂を建てれば、多久家の繁栄と女人の安産を守護する」と告げたため、姫を祀る堂宇を建てた(創建伝説)
  • 安産の神とされ、多くの信仰を集める

『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.66

佐賀県多久市 多久町

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