梶峯城跡(佐賀県多久市)

武雄多久

かじみねじょうあと

  • 鎌倉時代以降、多久氏(武家)の居城であったことから、“多久城”とも呼ばれる
  • 主郭部分が南北に延びて雄城と雌城に分かれているが、その中央に直径5mあまりの穴(洞穴)がある
  • この穴は城の南方に抜ける地下道の入口とされ、そこから兵糧を調達したり、落城の際の逃げ道となったとされる(落城伝説)

『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.67

佐賀県多久市 多久町

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