加助夫婦惜別の岩(長野県松本市) 2025.01.272025.12.25中信名石破談の俗信義民かすけふうふせきべつのいわ別名・縁切石貞享3年(1686年)多田加助(義民)の一族が入牢のため連行される途中、妻・お民と別れを惜しんだとされる石(名石)ここで妻との縁を切ったため、嫁入り行列はここを避けて通ったとされる(破談の俗信)またこの岩周辺の地は“泣き坂”と呼ばれる『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.79長野県松本市 島内