加賀小松

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首洗池(石川県加賀市)

くびあらいいけ篠原の合戦(源平の戦い)で手塚太郎光森(源平の武将)に討ち取られた斎藤実盛の首実検のため、木曽義仲が首級を洗ったとされる池『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.68日本伝承大鑑:石川県加賀市 柴山町
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都もどり地蔵(石川県加賀市)

みやこもどりじぞう西行が北陸から都に戻る際、同行していた友人(または弟子)の西住(歌人)は山中(現:山中温泉西住町)の地に残ったその後西住は西行を懐かしみ、2人が別れた場所に地蔵を安置した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p....
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振橋神社(石川県加賀市)

ふりはしじんじゃ神社の裏の沼に棲む怪魚の“グズ”が田畑を荒らし人身御供を求めた村人が神に祈ると、神は武士に化身して“グズ”を退治した(化け物退治)“グズ”の模型を造ってそれを焼く祭礼がおこなわれる現在境内にある池は、故事にならって造り直され...
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篠生寺(石川県加賀市)

じょうしょうじ一夜の宿を頼んだ蓮如に対して主人は断り、さらに母親は粽の代わりに石を包んだ笹の葉を渡した蓮如は、阿弥陀仏の教えが正しいことを見せるため茹でられた笹を地面に挿すと、たちまち青竹となった畏れおののく親子は弟子となり、“篠の道場”を...
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御幸塚古墳(石川県小松市)

みゆきづかこふん高台に5世紀後半に造られた、全長約30m、後円部直径約17mの前方後円墳この古墳の上から3つの潟が一望できることから“三湖台”と呼ばれ、花山院がたびたび行幸されて景観を愛でたことから“御幸塚”と名付けられた(地名の由来)『日...
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法皇ヶ丘(石川県小松市)

ほうおうがおか遺言によって花山院が葬られたとされる丘陵墓のそばに菩提寺という寺院があったことから菩提町という町名となった(地名の由来)『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.64石川県小松市 菩提町
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那谷寺(石川県小松市)

なたでら養老元年(717年)、白山を開いた泰澄によって開基された寺院永祚元年(989年)に花山院がこの地を訪れて、西国三十三ヶ所に勝ると賞讃し、1番那智山と33番谷汲山から1字ずつ取って“那谷寺”と名付けた(名称の由来)『日本の伝説12 加...
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おっしょべ滝(石川県小松市)

おっしょべたき宿に奉公していたお末という女中が、向かいの宿に奉公する下男の竹松に恋をする思いあまったお末は木に登って竹松の部屋に忍び込もうとして落ちてしまう翌日には噂が流れ、竹松はお末を故郷に連れ帰って結婚した(恋の伝説)2人がこの地で逢瀬...
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大王寺(石川県小松市)

だいおうじ麓の粟津村に湯が湧き出る場所があると白山権現の霊夢(夢告)を受け、泰澄と村人が掘り当てたのが粟津温泉の始まりとされるその際泰澄が首に掛けていた薬師如来と、自ら刻んだ聖観音像(仏像)を残したので、それを本尊として創建した(創建伝説)...
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赤瀬那殿観音(石川県小松市)

あかぜなでんかんのん那谷寺発祥の地とされ、現在はその奥の院とする白山を下山した泰澄が、持仏の黄金仏をこの地に納めたのを始まりとする(創建伝説)山上には那殿観音の奥の院と“くもっろ巌”という洞穴があり、親不孝者や悪人が洞穴を潜ろうとすると耳が...