橿原桜井天理三宝大荒神社(奈良県橿原市) さんぽうだいこうじんしゃ奈良の三大荒神の一つすもも(果菜)が熟れる頃の6月28日に祭礼があるため「すももの荒神さん」と呼ばれるこの日から浴衣(衣類)を着ると厄除けが出来る(生活の俗信)『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.54奈良県... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理天満神社 みいさんの祠(奈良県桜井市) てんまんじんじゃ みいさんのほこらある百姓の嫁が、袋を被った蛇を生んだが、殺さず「みいさん」と呼んで養っていたある年酷い旱魃があり、母親が「みいさん」に雨を降らせるよう頼んでみると、3日目に大雨が降った(雨乞い伝説)豊作となったことで「みい... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理跡見橋(奈良県桜井市) あとみばし栗原川に架かる橋神武東征の折、長髄彦と対峙した神武天皇が進軍する際に、この橋で後ろを振り返った神武天皇の軍勢に押されて退却する長髄彦が、この橋で後ろを振り返った『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.53奈良県桜井市 外山 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理談所ヶ森(奈良県桜井市) だんじょのもり談山神社の上手にある叢林で、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)が密議を交わした(地名の由来)乙巳の変で暗殺された蘇我入鹿の首級がここまで飛んできて、この地に落ちたとされる別名“談い山(かたらいやま)”『日本の伝説13... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理御破裂山(奈良県桜井市) ごはれつやま藤原鎌足の長子・定慧(名僧)は多武峰に父の首を葬って一寺を建立した(現:談山神社)堂に鎌足の像(貴人像)を収めたが、変事があるとその首部分が破裂し、裏山が鳴動した(変事の知らせ)首が破裂することから、裏山は御破裂山と呼ばれた(地... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理観音寺(奈良県桜井市) かんのんじ藤原鎌足を祀った寺院(現:談山神社)の鬼門除けとして建立され、鎌足自作の観音像が安置された(創建伝説)奈良時代に隆盛を極めたが、貞観18年(876年)に「音羽流れ」という山津波によって一寺を残して壊滅した『日本の伝説13 奈良の伝... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理聖林寺 子安延命地蔵(奈良県桜井市) しょうりんじ こやすえんめいじぞう享保の頃、文春という僧侶が女人安産の大願成就のために浄財を集め丈六の地蔵を造立した造立の際、文春の夢に地蔵菩薩が現れ、但馬の石工3名に依頼するよう夢告した同じく石工たちも地蔵菩薩の夢告を受け、奈良へ向かう途... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理七ツ井戸(奈良県桜井市) ななついど現在も灌漑用水として使われる湧水で、吉備真備が造ったとされる聖徳太子がこの湧水のある場所を通りがかると、平伏する者の中で一人の乙女だけがこの湧水辺りに生える芹(草本)を摘み続けた話しかけた太子はその娘が聡明なのを気に入り妻とした(... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理安倍文殊院 東古墳(奈良県桜井市) あべもんじゅいん ひがしこふん安倍文殊院境内にある、安倍氏を埋葬したと推測される古墳で、7世紀頃に造られた横穴式石室が残る古墳の羨道にある閼伽井から出る湧水は知恵水と呼ばれ、この水で墨を摺ると字が上達する(技芸上達)空海自作の不動明王像が祀... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理桜の井(奈良県桜井市) さくらのい深さ9尺あまり(3m弱)、径2尺2寸(約70cm)の井戸履中天皇が行幸した際、この井戸の湧水を飲んで称賛し、そばに桜の木があることから“桜の井”と名付けた大和の七つ井の1つで、桜井の地名の由来とされるまたこの地は履中天皇の磐余稚桜... 2025.11.14橿原桜井天理