佐賀鳥栖

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浄徳寺 弁財天シャクナゲ(佐賀県神埼市)

じょうとくじ べんざいてんしゃくなげ脊振山の弁財天が、ある時、英彦山を訪れて石楠花の花(木本)を見て欲しがったしかし英彦山の天狗が拒否したため、密かに盗んで脊振山に持ち帰ろうとした気付いた天狗に追いかけられ途中で石楠花を投げ捨てたため、脊振...
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お辰観音(佐賀県佐賀市)

おたつかんのん金立山で不老不死の仙薬(薬草)を探す徐福は、千布の源蔵の家に逗留し、源蔵の娘・お辰が身の回りの世話をした徐福とお辰は相思相愛となったが、仙薬発見に多忙を極めたために次第に会う機会がなくなったそのうちお辰は重篤な病を得るが、最期...
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源蔵松(佐賀県佐賀市)

げんぞうまつ浜から金立山へ行く途中で徐福が、千布の地で源蔵という者の家に立ち寄った源蔵は金立山への道案内をし、娘のお辰は徐福の身の回りの世話をした源蔵は徐福一行を案内した記念に松の木を植え、今もそれが受け継がれている“千布”の地名は、湿地帯...
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徐福御手洗井戸(佐賀県佐賀市)

じょふくみたらいいど浮盃の浜に上陸した徐福一行が、水を確保するために掘ったとされる井戸徐福がこの井戸で手を洗ったことから“寺井”という地名となった(地名の由来)大正15年(1926年)に民家から、井桁が残る古井戸が発見され、それを徐福ゆかり...
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法勝寺 俊寛僧都の墓(佐賀県佐賀市)

ほっしょうじ しゅんかんそうずのはか鹿ヶ谷事件で鬼界ヶ島に流罪となったうち、俊寛だけが赦免されなかったしかし赦免された藤原成経・平康頼と共に島を出て、成経の舅・平教盛(平氏)の所領であった肥前嘉瀬まで同行した俊寛はこの地に留め置かれ、荒木乗...
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別れの松(佐賀県佐賀市)

わかれのまつ肥前藩の嘉瀬刑場へ送られる罪人が、最後に家族と面会できた場所にあった松の木この場所で罪人と家族が別れの水盃を交わすことが許された現在は移転しており、3代目の松が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.49佐賀...
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浮盃金立神社 徐福上陸地(佐賀県佐賀市)

ぶばいきんりゅうじんじゃ じょふくじょうりくち不老不死の仙薬(薬草)を求めて秦から来訪した徐福が最初に上陸した場所に建つ神社海岸まで船で来た徐福は、海に盃(酒器)を浮かべて良地を占いし、それが流れ着いた場所から上陸し浮盃と名付けた(地名の由...
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小松神社(佐賀県佐賀市)

こまつじんじゃ祭神は平重盛で、この地に落ち延びた平家の落人が重盛を慕って社を建てた(創建伝説)年2回おこなわれる浮立(踊り:祭礼)は、一の谷の戦いで平敦盛が“青葉の笛”を取りに戻ったため熊谷直実に討ち取られたとの言い伝えから、笛(楽器)を用...
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本庄神社 楼門の猿(佐賀県佐賀市)

ほんじょうじんじゃ ろうもんのさる名匠と言われた詫田の番匠(大工)が慶長17年(1612年)に造った楼門の上に飾られた、2匹の猿の木像夜な夜な門から下りて近くの田畑を荒らしているのが見つかり、村人が藩主の鍋島直茂(大名)に訴えた(動く絵や像...
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万部島(佐賀県佐賀市)

まんぶじま佐賀城の鬼門に当たる、堀と川に囲まれた中洲で、永正2年(1505年)に龍造寺家兼(戦国大名)が国家安泰・万民安楽を願って法華経(経典)一万部の誦経(宗教儀式)をおこなった以後明治維新になるまで、肥前藩の藩主(大名)が誦経を執りおこ...