佐賀鳥栖

佐賀鳥栖

稗粥地蔵(佐賀県神埼市)

ひえがゆじぞう隠岐から脱出した後鳥羽上皇が隠れ住んだとされる“絹巻の里”にある地蔵(貴種流離譚)冬の日に従者と共にこの地を訪れた上皇は空腹のため、百姓家で食べ物を所望した家の老婆が差し出した稗粥(料理)をお代わりして食べた上皇は「かくばかり...
佐賀鳥栖

真正寺(佐賀県神埼市)

しんしょうじ少弐家家老の娘・八千代姫(姫君)には許嫁がいたが、横恋慕した中島源太郎に暗殺された許婚の仇討ちを決めた姫は仁比山神社に願を掛け、軍勢の中で仇が騎乗する馬の位置と特徴の夢告を受けた姫は仇が中島であることを確かめて討ち果たすと、真正...
佐賀鳥栖

仁比山神社(佐賀県神埼市)

にいやまじんじゃ承和11年(843年)仁明天皇の勅命で日吉大社の分霊を祀ったことから、“仁”と“比(叡)山”を組み合わせて神社の名とした(名称の由来)日吉大社分霊を合祀したことから、「山王さん」が通称となった山王さんが母神に「3年に一度会い...
佐賀鳥栖

蛤水道 ▲お万ヶ池(佐賀県吉野ヶ里町)

はまぐりすいどう おまんがいけ肥前藩の成富兵庫茂安(藩士)が蛤水道(用水路)を通したため、筑紫側の村が水不足となった水を取る役目を引き受けたお万という女が山に入ったが、連れていた赤子が足手まといになるため滝に捨てた(稚児落としの滝:子女受難...
佐賀鳥栖

背振山 龍ヶ池(佐賀県神埼市)

せふりさん りゅうがいけ脊振山の山頂近くにある池池の底にある岩に「金」の文字が刻まれており(字彫りの石)、龍宮へ通じる門であるとされた役行者がこの中に入ったとも、また修法(宗教儀式)をおこなって弁財天を顕現させたとも旱魃の時に池の水をかき混...
佐賀鳥栖

脊振山(佐賀県神埼市)

せふりさん天竺から弁財天を乗せて龍馬がこの山の上空まで来た時、天に向かって3度いななき、背びれを打ち振ったことから脊振山の名が付いた(地名の由来)乙天護法善神像を馬の背に乗せて山上の寺まで運ぶ際、馬が背を振りながら登ったことから名が付いた栄...
佐賀鳥栖

霊仙寺跡 日本茶樹栽培発祥の地(佐賀県吉野ヶ里町)

りょうぜんじあと にほんちゃじゅさいばいはっしょうのち建久2年(1191年)に宋から帰国した栄西(名僧)が茶の種を持ち帰り、脊振山にあった霊仙寺石上坊境内で栽培を始め、その製法を教えたとされる(起源伝説)現在も周辺では茶畑が残り、乙護法堂の...
佐賀鳥栖

修学院 身代わり地蔵(佐賀県吉野ヶ里町)

しゅがくいん みがわりじぞう大きな戦乱があった時、寺から一人の小僧が使いに出たところ、敵軍と遭遇した敵は小僧一人相手に苦戦を強いられたが、小僧は眉間に矢を受けて姿をくらました後に敵が寺に入り確かめると、寺には該当する小僧はいなかった寺の地蔵...
佐賀鳥栖

蛇取橋(佐賀県神埼市)

じゃとりばしかつて長さ6丁(約650m)もの大蛇がこの地を荒らし回っていたが、村人がこれを退治した(化け物退治)退治を話し合った“野寄”、退治に使う柏を集めた“柏原”、葉を燻した“伏部”、蛇が逃げ回った“蛇貫堤”、蛇を討ち取った“蛇取橋”と...
佐賀鳥栖

櫛田宮 琴の楠(佐賀県神埼市)

くしだぐう ことのくす櫛田宮の御神木である楠の木景行天皇がこの地に琴(楽器)を埋めたところ、楠の木が芽生え成長した清浄な心の者が息を止めてこの木の周りを7周半回ることが出来ると、琴の音が聞こえるとされる(音の怪)『日本の伝説38 佐賀の伝説...