海部知多

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業平塚(愛知県東海市)

なりひらづか女性関係に嫌気をさした在原業平はこの地に逃げ隠れた京から業平を追って多くの女官がこの地までやって来て、業平を探した木に登って身を隠した業平の姿が井戸に映るのを見た女官達はこぞって井戸に身を投げて死んだ(悲恋伝説)業平は女官の供養...
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宝珠寺(愛知県東海市)

ほうしゅじ東下りの途中でこの地に留まった在原業平を開基とし(当時は一心寺)、守り本尊や位牌が納められている(創建伝説)平安時代末期に藤原道武(地方豪族)が再興し、宝珠寺とした『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.50日本伝承大鑑:知県...
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岩屋寺奥の院(愛知県南知多町)

いわやじおくのいん空海がこの地で100日間の修行をおこなった洞穴に自らを彫った像(貴人像)を置き、「信ずる者あらば、病気災難の身代わりとなる」とした像に御札を貼ることで病気平癒を祈願する『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.49愛知県...
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呑海院 大高源吾へその緒塚(愛知県南知多町)

どんかいいん おおたかげんごへそのおつか日間賀島は、赤穂義士の1人大高源吾が生まれ育った地とされる(生誕地)大高氏は日間賀島の庄屋の家で、呑海院に一族の墓や塚と共にへその緒塚(胞衣塚)がある『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.47愛...
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帝井(愛知県南知多町)

みかどい延元3年(1338年)に後醍醐天皇の皇子・義良親王が東北へ向かう途中、嵐で篠島に漂着した。その時、島民が親王のために真水の出る井戸を掘ったもの親王は半年後吉野に戻り、翌年即位して天皇となったため、“帝井”の名が付けられた(地名の由来...
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清正の枕石(愛知県南知多町)

きよまさのまくらいし篠島の西南端にある、幅52mの巨石名古屋城建築の際に、石材として加藤清正が運ぼうとして枕を入れたが、結局大きすぎて船に積み出すことが出来なかったとされる『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.47愛知県南知多町 篠島
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長昌院(愛知県飛島村)

ちょうしょういん飛島新田(干拓地)を開拓した佐野周平は、自宅を寺にするため仏像を求めて桑名へ赴いた気に入った仏像があったが、持ち合わせがないため帰ろうとすると「買って帰れ」との声が聞こえた(声の怪)店で仏像の値段を尋ねると、持ち合わせちょう...
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なまず池(愛知県愛西市)

なまずいけ別名・おこまが池大鯰を釣って魚籠に入れて帰ろうとすると、池の方から「おこま、おこま」と呼ぶ声がし、魚籠から「おーい」という返事が聞こえた(声の怪)ある住職(僧侶)が蓮根栽培の許可を藩に依頼すると、役人(官吏)は池の干拓をするよう言...
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甚目寺(愛知県あま市)

じもくじ漁夫の甚目(はだめ)龍麿が海から拾い上げた高さ1尺1寸5分の聖観音像を本尊とする(創建伝説)この仏像は、物部守屋が海に投げ棄てた3体の仏像の1体であるとされる現在本堂に安置される十一面観音像の胎内仏として祀られている『日本の伝説7 ...