地蔵

佐渡

武右衛門地蔵堂(新潟県佐渡市)

ぶえもんじぞうどう別名・流し場地蔵堂名主(名士)の榎武右衛門は、加茂湖の干拓を思い立ち、湖全てをなくして水田にしようと考えた(干拓地)ある夕暮れに美しい娘を送ってやろうと一緒に歩き、そのまま湖の上を渡って行ってしまった翌日湖で武右衛門の死体...
八尾河内長野

泥掛け地蔵(大阪府太子町)

どろかけじぞう子供の病気が治らないため、蓮池のほとりにある地蔵に祈願した元は池の中にいたのが長く地上にいるので、せめて池の泥をかけて欲しいと地蔵が頼んだ泥をかけて帰宅すると、子供が快癒しており、それ以降願掛けに泥をかける(特有の願掛け)『日...
八尾河内長野

明光寺 首なし地蔵(大阪府寝屋川市)

みょうこうじ くびなしじぞう家を追われた鉢かづき姫(初背姫:伝承の女性)は継母に命を狙われた(継子殺し)姫の身代わりとなって危難を救った地蔵とされる(身代わりの神仏)姫の父親である寝屋長者の信仰が篤く、亡母も月参りを欠かさなかった地蔵とされ...
八尾河内長野

水呑地蔵尊(大阪府八尾市)

みずのみじぞうそん大和から河内に抜ける街道筋、十三峠近くにある地蔵地蔵は承和3年(836年)に当地に安置され、現在のものは元禄7年(1694年)に造られた地蔵堂の横には、急坂にあえぐ行人のために空海が祈念して湧き出た湧水がある湧水は脚気など...
八尾河内長野

胸切坂 胸切地蔵(大阪府河内長野市)

むなぎりざか むなぎりじぞう堺の長者の娘が紀州へ嫁ぐため、輿に乗ってこの坂に差し掛かった時、新郎の急死が伝えられた娘は決して実家へ戻らぬ決心であったため、この場で胸を懐剣で刺して自害した(子女受難)このためこの坂を胸切坂と呼ぶようになった(...
泉大津岸和田

天性寺 蛸地蔵(大阪府岸和田市)

てんしょうじ たこじぞうかつて蛸に乗って出現した地蔵菩薩像があったが、打ち棄てられ忘れ去られていた松浦肥前守(戦国武将)が根来・雑賀衆に攻められた時、どこからともなく現れた僧侶が奮戦したさらにそれも破られそうになると、海から無数の蛸が上陸し...
泉大津岸和田

火消し地蔵(大阪府岸和田市)

ひけしじぞう久米田寺の山門前にある地蔵久米田池の造営に反対して(あるいは造営の際に人柱を出すことになった恨みから)寺を焼こうとした怨念の怪火が転がり現れたそれを食い止め鎮めるために行基が地蔵を建てたとされる(あるいは村人が置いたとも)『日本...
泉大津岸和田

小栗地蔵(大阪府和泉市)

おぐりじぞう身体の不自由な小栗判官が土車に乗り、照手姫に曳かれて熊野へ赴いたことから、熊野街道は小栗街道とも呼ばれるこの小栗街道に面したところに安置された地蔵『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.48大阪府和泉市 王子町
大阪

専修院 頬焼地蔵(大阪府大阪市中央区)

せんしゅういん ほおやけじぞう豪農・助太夫の女中であった千代は、毎日昼食を田に運ぶ道すがら地蔵に初穂を供えていた千代が先に食べ物に手を付けているとして、助太夫は焼け火箸を頬に当てる折檻をした千代の頬は火傷にならず、代わりに地蔵の頬に焼け痕が...
宇治長岡京

講田寺 笑地蔵(京都府八幡市)

こうでんじ わらいじぞう長柄橋の人柱となった父の巌氏(長者)を思い、喋らなくなった娘は父の菩提を弔うため出家して不言寺を建て、長柄橋の橋柱(用材)で地蔵を造ったあるいは離縁を免れた娘が、夫の死後に不言寺を建てたともその後不言寺が廃寺となり、...