聖徳太子

奈良宇陀

広大寺池(奈良県奈良市)

こうだいじいけ聖徳太子が稗田の里(現・大和郡山市)を巡察した時、里人が水不足で稗を食しているのを哀れに思ったそこで少し離れた場所で杖を突いて水を出して池を造ったそのため広大寺池の水の権利は、池から離れた稗田のものとなった(起源伝説)『日本の...
行田春日部

聖徳寺 塩地蔵堂(埼玉県越谷市)

しょうとくじ しおじぞうどう聖徳太子と戦った常陸国の守谷大臣(物部守屋?)が敗死した後、遺骸から一体の地蔵が現れたため、それを祀った地蔵は岩塩で出来ていると言われ、塩(食品食材)を供えて祈ると願いが叶うとされる(特有の願掛け)『日本の伝説1...
甲府韮崎北杜

甲斐駒ヶ岳(山梨県北杜市)

かいこまがたけ武甕槌神の魂から生まれたとされる天津速駒という駿馬は羽が生えており空を飛ぶことが出来たこの馬は夜になるとこの山の頂上に下りて休むため、名が付いた(地名の由来)聖徳太子の愛馬の羽の生えた黒駒がこの山に下りて谷の水を飲んだため、名...
甲州笛吹

南照院 姥塚(山梨県笛吹市)

なんしょういん うばづか谷間の百合姫という大力の山姥が、巨人と競争して一夜で造った塚(一夜作り伝説)聖徳太子が甲斐国へ入った時、乗っていた愛馬が死んだため、それを葬った塚(御馬塚)『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.50山梨県笛吹...
大月都留吉田

長作観音堂(山梨県小菅村)

ながさくかんのんどう孝安天皇の皇女(内親王)は武蔵国に赴任した夫の後を追ったが、身重のためこの地で難産の末に亡くなった(子女受難)後に皇女の慰霊のために聖徳太子の造った如意輪観音像を安置する堂宇が建てられた安産の御利益で有名である『日本の伝...
八尾河内長野

鏑矢塚(大阪府八尾市)

かぶらやづか蘇我馬子と物部守屋との戦乱で、聖徳太子が自ら四天王を彫り必勝祈願をしたところ、舎人の迹見赤檮(とみのいちい)が放った矢が物部守屋に当たったこれにより蘇我馬子は勝利し、この守屋を射た鏑矢は埋められ塚が造られた(物品供養)『日本の伝...
八尾河内長野

大聖勝軍寺(大阪府八尾市)

だいしょうしょうぐんじ門前に物部守屋の首級を洗った守屋池が残る物部守屋との戦い(戦乱)で劣勢となった聖徳太子が逃げ隠れた椋の木がある助かった聖徳太子は椋の木を使って自らの像(貴人像)と四天王像を造り、戦後同地にこれらの像を安置する太子堂を建...
八尾河内長野

西方院(大阪府太子町)

さいほういん聖徳太子の侍女(あるいは乳母)であった3人の女性(蘇我馬子・小野妹子・物部守屋の娘)が、太子の死後に出家(尼僧)して建立した寺(創建伝説)日本最初の尼寺であるとされる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.77大阪府太子町 ...
八尾河内長野

叡福寺(大阪府太子町)

えいふくじ叡福寺七不思議と呼ばれるものがある御廟の周囲にある結界石は空海が一夜で築いたが(一夜作り伝説)、何度数えても数が合わない聖徳太子が母の棺を担いだ楠の棒を挿すと巨木となった(大乗木)御廟には松の木が生えない、鳥が巣を作らない、雨が降...
大阪

舎利尊勝寺(大阪府大阪市生野区)

しゃりそんしょうじ生野長者の子は生来唖(不具者)であったが、聖徳太子が過去の因縁(過去世で仏舎利を預かっていたこと)を思い出させて、口から3粒の舎利を吐き出させた3粒のうち2粒は四天王寺と法隆寺に、残りは長者に与えて寺を建立させた(創建伝説...