聖徳太子

大阪

鵲森宮(大阪府大阪市中央区)

かささぎもりのみや通称・森之宮神社聖徳太子が両親(用明天皇・穴穂部間人皇后)を祀る社を鎮守社として建て、この地に四天王寺を建立した(後に現在地に移転)推古天皇6年(598年)に聖徳太子の命で新羅へ行った吉士盤金(きしのいわかね)が鵲を持ち帰...
大阪

堂島薬師堂(大阪府大阪市北区)

どうじまやくしどう聖徳太子の四天王寺建立の際、木材を運ぶ船が嵐によって島に流れ着いたその後、その地に堂宇が建てられたことから、堂島の地名の由来となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.25大阪府大阪市北区 堂島
大阪

願泉寺(大阪府大阪市浪速区)

がんせんじ開基は小野妹子(豪族)の八男・多嘉丸とされる四天王寺建立の材木運搬に当たって、たくさんの鼬が西から東へ移動する夢を見て、その道に沿って造られた用水路が後の鼬川(河川)となった(夢告:起源伝説)この功績によって聖徳太子より下賜された...
岡崎豊田刈谷

安勝院(愛知県豊田市)

あんしょういん別名は岩屋観音境内に巨石が重なりあうようにしてあり、その岩窟に観音堂が安置されているかつてこの洞穴に鬼が棲み、村に出て悪事を働いた聖徳太子が聖観音像を、行基が十一面観音像を授けたところ、鬼が出てこなくなった(化け物封印)生まれ...
千葉木更津

神野寺(千葉県君津市)

じんやじ日本武尊がこの一帯で阿久留王と戦ったが、諸神が現れて加勢したとされる聖徳太子は上の縁起を知ってこの地に建立したのが神野寺であり、関東一の古刹と言われる(創建伝説)造営の際に多くの鹿が手伝いに現れたことから、この一帯は鹿野山と呼ばれる...
新潟村上

観音寺(新潟県新潟市秋葉区)

かんのんじ新津丹波守勝資(戦国武将)の夫人は嫉妬深く、側室を持つ勝資に怒り、子供を抱いて池に入水した(嫉妬猜疑)夫人は大蛇に変化する(変身譚)と城を襲ったため、勝資は聖徳太子作の観音像(仏像)を投げつけて成仏させた観音像は長く行方不明となっ...
大分別府

萬弘寺 用明天皇御腰掛石(大分県大分市)

まんこうじ ようめいてんのうおこしかけいし萬弘寺境内にある腰掛け石即位前の用明天皇が九州を回っていた時、この地で病となり、この石に腰掛けて休んだとされる豊国法師(名僧)の加持祈祷で快癒、病気平癒の祈願所として息子の聖徳太子によって萬弘寺が建...