唐津伊万里土器崎/七ツ釜(佐賀県唐津市) かわらけざき/ななつがま三韓征伐の時、神功皇后の軍勢がこの地で戦勝祈願(あるいは戦勝祝い)をおこない、海神を祀り、神酒をいただいた土器(酒器)を海中に投げた(地名の由来)当地にある“七ツ釜”は、40mの断崖に7つの海蝕洞穴が並んである場所で... 2026.02.10唐津伊万里
唐津伊万里鏡山 蛇池(佐賀県唐津市) かがみやま へびいけ『肥前国風土記』にある、松浦佐用姫の別伝大伴狭手彦(豪族)が出征して5日後の夜、佐用姫の許に狭手彦に似た男が訪ねてきた一夜を共にしたが不審に思った佐用姫が、男の着物の端を糸(裁縫道具)を結んでその後を追うと、男は鏡山の山... 2026.02.07唐津伊万里
唐津伊万里諏訪神社(佐賀県唐津市浜玉町浜崎) すわじんじゃ百済の鷹匠・誓来(斉来:渡来人)が朝廷に鷹を献上するため来日し、矢田連の娘・諏訪姫(姫君)が勅使としてこの地に鷹を受け取りに来た鷹狩りの稽古をするうちに二人は恋仲となるが、献上の鷹が蝮(蛇)に殺されてしまい、諏訪姫は責を負って自... 2026.02.07唐津伊万里
武雄多久小城高野神社 矢の根石(佐賀県多久市) たかのじんじゃ やのねいし境内にある六地蔵塔(石塔)の竿石に、直径1.5cmの鉄鏃(矢尻)が射込まれている源為朝が黒髪山の大蛇を退治した際、鬼の鼻山から矢を放ったところ、大蛇に当たったが刺さらず、跳ね返ってこの石に突き刺さった矢尻の部分が抜... 2026.01.29武雄多久小城
武雄多久小城維盛社(佐賀県嬉野市) これもりしゃ肥前国へ落ち延びた平維盛(平氏)は、途中乗ってきた牛が倒れたこの地に定住した村人は草庵に住む維盛に食事などを運んだが、ひらくち(蝮:蛇)出て難儀したため、維盛が全て退治した後年、維盛の末裔の辻氏が社を建てたが、その境内の砂を撒く... 2026.01.20武雄多久小城
武雄多久小城晴気天山社(佐賀県小城市) はるけてんざんしゃ天山の麓の、3社ある下宮の一つかつて天山を七回りも巻くほどの大蛇が棲んでおり、夜な夜な晴気天山社境内の池の水を飲みに現れたこの池に龍の絵(絵画)を入れたところ、大蛇がそれを見て怒り、嵐となったその年は作物が不作となり(飢饉... 2026.01.18武雄多久小城
佐賀鳥栖與止日女神社(佐賀県佐賀市) よどひめじんじゃ肥前国一之宮で、祭神は神功皇后の妹君、あるいは豊玉姫とされるそばを流れる川上川(河川)に“カナワ”という名の蝮(蛇)の化け物が棲み着き、人を襲ったある親子が川で漁をしていて“カナワ”に襲われ気絶し、気付くとそばで大鯰が死んで... 2026.01.03佐賀鳥栖
佐賀鳥栖蛇取橋(佐賀県神埼市) じゃとりばしかつて長さ6丁(約650m)もの大蛇がこの地を荒らし回っていたが、村人がこれを退治した(化け物退治)退治を話し合った“野寄”、退治に使う柏を集めた“柏原”、葉を燻した“伏部”、蛇が逃げ回った“蛇貫堤”、蛇を討ち取った“蛇取橋”と... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖五万ヶ池(佐賀県上峰町) ごまがいけ源為朝が館を築いた鎮西山の中腹にある池源為朝がこの池あたりで敵兵5万騎を殺して血の池となった(地名の由来)殺された兵の恨みが集まり1匹の大蛇となって(怨霊)、人を襲うようになったとの噂が残る『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店... 2025.12.15佐賀鳥栖
佐賀鳥栖九千部山(佐賀県鳥栖市) くせんぶやま天暦5年(951年)この地方の飢饉を憂えた隆信沙門(僧侶)が山頂で49日間の法華経一万部読誦の発願をした残り7日となった時に白蛇が現れ、さらに傍らに美女(怪人)が現れて誘惑してきた心を奪われた沙門は女を抱き、満願の日に骸となって... 2025.12.14佐賀鳥栖