創建伝説

備後

文裁寺(広島県世羅町)

ぶんさいじ曾我兄弟の愛妾であった虎御前と化粧坂少将(伝承の女性)が尼となって開基した寺が始まりとされる(創建伝説)2人が廻国の際に負っていた笈(旅具)が残されており、寺の本尊(仏像)も2人が負ってきたものとされる『日本の伝説21 広島の伝説...
備後

小方島神社(広島県三原市)

こかたしまじんじゃ嘉祥年間(848~851年)に、病に伏した国造景光(地方豪族)の夢枕に神が現れ、3本の杉の生えた地に神社を建てるよう告げられ、宇佐神宮から勧請して建立した(夢告:創建伝説)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.77...
備後

楽音寺(広島県三原市)

がくおんじ藤原倫実(地方豪族)は一度藤原純友との戦いに敗れたが、護持仏の薬師如来に念じ、死体に紛れて九死に一生を得た(神仏の加護)再度の戦いで純友を破った倫実は、安芸国に領地を与えられ、護持仏を本尊とする楽音寺を建立した(創建伝説)『日本の...
備後

菅霹靂神社(広島県三原市)

すがへきれきじんじゃ川辺臣(廷臣)が軍船建造のために安芸国へ遣わされ、霹靂(雷神)の木を用材に伐ろうとした反対を押し切って伐ると激しい雷雨に襲われたが、川辺臣は剣を天に向かって上げ、雷神が民を傷つけることを戒めた雷神の祟りを怖れた人々が船材...
安芸

小倉神社(広島県東広島市)

おぐらじんじゃ所領を奪われ落ち延びた菖蒲御前が終の棲家として暮らし、その死後神として祀られた神社(創建伝説)県道に面して前の宮があるが、そこから参道が延び、自衛隊演習地を突き抜けた場所に奥の宮が鎮座している『日本の伝説21 広島の伝説』(角...
安芸

福成寺(広島県東広島市)

ふくじょうじ神亀3年(726年)に、狩りの途中の猟師が樹上の仏像を見つけ、自ら草となって寺を建立した(創建伝説)その後、空海が巡錫中に立ち寄り、現在地に寺を移すよう告げ、福成寺と改名した鎌倉幕府より所領を賜り、安芸国に下向した菖蒲御前が再興...
安芸

入鹿明神社(広島県江田島市)

いるかみょうじんしゃ筑前国から、榊葉(枝葉)をくわえた鹿が海から上がるとの夢告により創建された(創建伝説)御神体の仏像で遊んだ子供が死んだり、浜の石を持ち帰ると罰を与えるなどと言われる『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.63入鹿明...
広島廿日市

邇保姫神社(広島県広島市南区)

にほひめじんじゃ神功皇后が三韓征伐の帰りにこの地で1泊した翌日の出発時に、邪気払いに放った矢が当地の山に刺さっていたのを御神体として、爾保都比売神を祀る神社を当地に建てた(創建伝説)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.62広島県広...
広島廿日市

疱瘡神社(広島県広島市南区)

ほうそうじんじゃ平清盛と常盤御前の間に生まれた天女姫(姫君)は天然痘にかかったため、厳島神社へ祈願に訪れた帰京の途中で姫の病状が悪化して当地で亡くなり、葬った場所に病気平癒の神として神社が建てられた(創建伝説)『日本の伝説21 広島の伝説』...
広島廿日市

道隆寺(広島県府中町)

どうりゅうじ寺が朽ちて路傍に立つ仏像に、村の娘が雨に濡れないように笠(雨具)を掛けた娘は笠を被らないのに雨に濡れず、美しく成長したため、時の関白・藤原道隆(藤原氏)に召し出された(玉の輿)娘の願いにより寺は再興され、その後娘は伊勢という歌人...