和歌

船橋松戸野田

亀井院 真間の井戸(千葉県市川市)

かめいいん ままのいど亀井院の庭にある井戸手児奈が毎日井戸の水を汲みに来たとされる『万葉集』で高橋虫麻呂(歌人)が「かつしかの 真間の井を見れば 立ちならし 水汲しけむ 手児奈し思ほゆ」と和歌に詠んだ『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)...
長岡魚沼

愛宕神社 初君の歌碑(新潟県長岡市)

あたごじんじゃ はつきみのかひ藤原為兼(公家)が佐渡へ流される時、この地で船待ちをしたその間のつれづれを慰めたのが遊女の初君であったが、船出の際に互いに和歌を読みあって別れた赦免された為兼は勅撰和歌集『玉葉和歌集』の編纂の際に初君の「もの思...
上越糸魚川

親不知子不知(新潟県糸魚川市)

おやしらずこしらず北陸道(街道)の難所として知られる断崖平頼盛(平氏)を追って、夫人がここを通った時に、2歳になる子を波にさらわれた(子女受難)夫人は嘆き悲しみ作った「親知らず 子はこの浦の 波まくら 越路の磯の 泡と消えゆく」の和歌が、地...
さぬき小豆島

琴弾地の浜(香川県直島町)

ごたんじのはま讃岐へ配流となった崇徳上皇が立ち寄った直島(島)にある上皇が浜(浜海岸)で“忘れ貝”を拾っていると、琴(楽器)の音が聞こえてきた琴を弾いていたのは、上皇を追ってこの地に来た姫君であったとされる浜には崇徳上皇が読んだ「松山や松の...
丸亀善通寺

法師越峠(香川県まんのう町)

ほしごえとうげ峠には西行ゆかりの石仏があるこの近くで西行は野糞をしたが、萩の枝で糞がはねたため、それを和歌にした(糞尿譚)『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店)p.82香川県まんのう町 炭所東
丸亀善通寺

七仏寺 西行法師歌碑(香川県善通寺市)

しちぶつじ さいぎょうほうしかひ七仏寺のそばにある歌碑ある農民から芋泥棒と疑われた西行が、自分が西行であることを証すために詠んだ和歌「月見よと 芋の子どもの 寝入りしを おこしに来たが 何か苦しき」が刻まれているこの和歌を聞いた農民は西行で...
丸亀善通寺

玉泉院 久の松(香川県善通寺市)

ぎょくせんいん ひさのまつ空海が掘った湧水(玉の泉)から始まる寺院(名称の由来)白峯でらを詣でた西行が善通寺を訪れ、ここに庵(西行庵)を建てて滞在した滞在中に「久に経て 我が後の世を とへよ松 跡しのぶべき 人もなき身ぞ」と和歌を詠み、そこ...
高松坂出

白峯寺 頓証寺殿(香川県坂出市)

しろみねじ とんしょうじでん白峯寺(四国八十八ヶ所霊場)境内にある、崇徳上皇の廟所(陵墓)守護神として白峯権現相模坊(天狗)も祀られている拝殿奥に上皇を祀る上皇殿、相模坊を祀る権現堂、十一面観音菩薩を祀る本地堂の3つの堂宇が並んで配置される...
高松坂出

菜切地蔵(香川県高松市)

なきりじぞう弁慶が料理をしようとしたところ、まな板がないので、その代わりにこの地蔵の背で菜を切って汁を作り、源義経に献じたとされるこの時義経は「弁慶がこしらえし菜は武蔵坊」と詠み、弁慶が「それを知りつつ九郎判官」と返した(和歌)『日本の伝説...
山形天童東根

誰袖碑(山形県村山市)

たがそでひ都で笛の名手であった外記という者(廷臣)が、罪を得て陸奥へ流され、楯岡の地で亡くなった後を追ってきた女御(女官)は、彼の病死を知って「誰が袖と おもふばかりぞ たのもしや ぬしあらはれて 名こそはづかし」と和歌を詠み、形見の小袖(...