墓所

南信

蓮華寺 絵島の墓(長野県伊那市)

れんげじ えじまのはか蓮華寺の境内にある、大奥御年寄だった絵島の墓所正徳4年(1714年)に起こった絵島生島事件(醜聞)で罪を得た絵島は高遠に流罪となった当初は監禁状態、幕府の許しを得てからは若干の外出が認められ、信仰する日蓮宗の寺であった...
南信

九つ塚跡(長野県富士見町)

ここのつづかあと天文11年(1542年)武田信玄と小笠原・諏訪・村上・木曽の連合軍との瀬沢合戦(戦国の戦い)があった将兵の遺体を9つの塚に分けて葬ったが(墓所)、流失や開削によって次第に消滅した最後の1基が伊勢湾台風の被害でなくなり、現在は...
東濃

比丘尼塚(岐阜県中津川市)

びくにづか木曽義仲の妹・菊姫(宮菊姫)は、兄の討死後に北条政子の養女となるその後問題を起こして鎌倉へ呼び出され、改めて美濃国遠山荘の一村(馬籠)を与えられた隠棲した菊姫は尼僧となってこの地に没し、住んでいた庵も廃絶して墓所(五輪塔)だけが残...
東信

与惣塚(長野県立科町)

よそうづか木曽義仲の家臣であった今井兼平の長男・兼連の墓所病弱であったため武士を捨てたが、父らの戦死後、義仲の遺児を追ったが、途中のこの地で病で亡くなったという塚は中世の祭祀遺跡であるとされる『日本の伝説3 信州の伝説』(角川書店)p.26...
中頭

護佐丸公の墓(沖縄県中城村)

ごさまるこうのはか護佐丸は尚巴志の家臣として琉球統一で武功を挙げる(琉球の名族)1458年、中城城にあって謀反の疑いをかけられ自害し、その近くに墓所がある1686年に8代目の子孫が王府から土地を拝領して墓を築いた沖縄で最も古い亀甲墓とされる...
島尻

善縄御嶽(沖縄県南風原町)

ゆくつなうたき自分が生け捕った亀に噛みつかれた傷が元で善縄大屋子(ゆくつなうふやく:漁夫)は亡くなった3日後に墓を覗くと遺体が消え、「ギライ・カナイ(異界)に遊んでいる」という神の声がしたので、その墓所に御嶽を建てた『日本の伝説2 沖縄の伝...
島尻

十貫瀬の七つ墓(沖縄県那覇市)

じっかんじのななちばーかー岩山の上に7基の墓所があることから“七つ墓”と呼ばれるまた一部の岩山の上に銭10貫(貨幣)が置かれてあったが、数年経ってもそのままだったことから“十貫瀬”と呼ばれるようになった(地名の由来)近所のお菓子屋に飴を買い...