高槻茨木池田

弁慶の鏡水跡(大阪府箕面市)

べんけいのかがみみずあと平氏との戦い(一の谷の戦い)の臨むに当たって、この地へ来た弁慶が池に映る自分の姿を見て戦況の占いを立てた現在は直径2mほどの窪地が池の跡として残るだけ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.114大阪府箕面市 瀬...
高槻茨木池田

吉志部神社/釈迦ヶ池(大阪府吹田市)

きしべじんじゃ/しゃかがいけ釈迦ヶ池に大蛇が棲み着き人身御供を要求したため、吉志倭文という豪傑が吉志部神社に退治の願を掛けた7日目に池で馬を洗っていると、馬の足に小さい白蛇がまといついたため切り捨てた直後に池が赤く染まり、嵐が起こったが、そ...
八尾河内長野

影見池(大阪府枚方市)

かげみいけ大半を埋め立てられたが、現在も水が湧き出る池惟喬親王がこの地で狩りをしていた時、愛鷹を見失ってしまったこの池の水面に映る鷹の影を見て、無事に所在を発見した『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.102大阪府枚方市 津田駅前
八尾河内長野

光善寺(大阪府枚方市)

こうぜんじ蓮如がこの地で説法をしていると、熱心に聴聞する美女がいたが、近くの池に棲む大蛇であった(人外の悟り)大蛇は説法で功徳を得て昇天するため古巣の池を献上するとし、池を埋め立てて出来たのが光善寺である(創建伝説)寺の裏に池の一部が残され...
八尾河内長野

樟本神社(大阪府八尾市)

くすもとじんじゃ樟本神社は元来物部氏が領していたとされる木本村に三座あり、現在も3つとも残されている南木の本にある樟本神社付近で、物部守屋が稲城を築き、蘇我の軍勢を撃退したとされる(戦乱)北木の本にある樟本神社境内には、物部守屋の首級を洗っ...
八尾河内長野

大聖勝軍寺(大阪府八尾市)

だいしょうしょうぐんじ門前に物部守屋の首級を洗った守屋池が残る物部守屋との戦い(戦乱)で劣勢となった聖徳太子が逃げ隠れた椋の木がある助かった聖徳太子は椋の木を使って自らの像(貴人像)と四天王像を造り、戦後同地にこれらの像を安置する太子堂を建...
八尾河内長野

狭山池(大阪狭山市)

さやまいけ日本最古のため池とされるこの池には雌の大蛇が棲み、夫である雄の大蛇の棲む粟ヶ池に毎夜通うため、大きな被害があったこのため狭山池に祠(現在の龍神社)を建てて、雄の大蛇を導いて一緒に住まわせた(創建伝説)種屋五兵衛という者が池畔を歩い...
泉大津岸和田

影見ヶ池(大阪府岬町)

かげみがいけ和泉式部が化粧直しのために立ち寄った池池に咲く蓮の花と池に映る自分の顔を見て「溺女や 影見ヶ池の 蓮花は 心地よげにぞ 香いぬるかな」と和歌を詠んだ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.64大阪府岬町 深日
泉大津岸和田

信達神社(大阪府泉南市)

しんだちじんじゃ神武天皇の像(貴人像)が浜に漂着したので、それを祀ったのが始まりとされる天武天皇10年(682年)に役行者が金峯・熊野神を勧請して“金熊大権現”と呼ばれた(地名の由来)神武東征の折、神武天皇の兄である五瀬命が受けた矢傷を洗っ...
泉大津岸和田

久米田寺(大阪府岸和田市)

くめだでら久米田池を管理するために行基が天平10年(738年)に建立したとされる(創建伝説)後に荒廃したが、安東蓮聖(武家)が、前世が橘諸兄であるので再興せよと託宣を藤代王子で受け、建治3年(1277年)以降再建した(生まれ変わり:奇縁)『...