祭礼

佐賀鳥栖

お辰観音(佐賀県佐賀市)

おたつかんのん金立山で不老不死の仙薬(薬草)を探す徐福は、千布の源蔵の家に逗留し、源蔵の娘・お辰が身の回りの世話をした徐福とお辰は相思相愛となったが、仙薬発見に多忙を極めたために次第に会う機会がなくなったそのうちお辰は重篤な病を得るが、最期...
武雄多久小城

船ノ原鎮守神社 かんこ踊(佐賀県武雄市)

ふねのはらちんじゅじんじゃ かんこおどり船ノ原鎮守神社の祭礼でおこなわれる踊り壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人が、この船ノ原地区に落ち延びて土着したある時平維盛の孫・六之助が酒に酔った勢いで、都にあった時に習った歌や踊りで無聊を慰めたことから...
武雄多久小城

磐井八幡社/正一位神社/松尾神社 荒踊(佐賀県武雄市)

いわいはちまんしゃ/しょういちいじんじゃ/まつおじんじゃ あらおどり大小二本差し(刀剣)の男達が歌に合わせて踊る、武雄市内の3社の祭礼でおこなわれる踊り永禄6年(1560年)に武雄の領主・後藤貴明(戦国武将)が、有馬氏の招きで島原に赴いた有...
唐津伊万里

龍宮神社 もっこ踊り(佐賀県伊万里市)

りゅうぐうじんじゃ もっこおどり唐津藩主・寺沢広高(大名)が干拓を進めるに当たり、潮止め横土井堤(堤防)を造営したが難工事となった堤防完成のために人柱が立てられ、庄屋の某が犠牲となった龍宮神社の“もっこ踊り”は人柱慰霊の祭礼とされ、神官を中...
唐津伊万里

湊疫神宮(佐賀県唐津市)

みなとやくじんぐう別名“湊八坂神社”、通称“やくじんさん”三韓征伐に行く途中、神功皇后がこの地に寄ったが、海が荒れて出港できなくなった皇后は榊を立てて祈願し、その後榊を焼いた灰を振って禊ぎをすると海が凪いで出港できたこの故事に従い、旧暦の1...
武雄多久小城

沖ノ島(佐賀県太良町)

おきのしま有明海の沖合5.5kmにある、有明海唯一の島・岩礁(干潮時のみ出現)江戸時代に、有明海一帯が旱魃に襲われた時、“おしま”という娘が雨を降らすために自ら海に身を投げた(雨乞い伝説:人身御供)おしまの遺体が沖ノ島に流れ着くと、雨が降り...
佐賀鳥栖

小松神社(佐賀県佐賀市)

こまつじんじゃ祭神は平重盛で、この地に落ち延びた平家の落人が重盛を慕って社を建てた(創建伝説)年2回おこなわれる浮立(踊り:祭礼)は、一の谷の戦いで平敦盛が“青葉の笛”を取りに戻ったため熊谷直実に討ち取られたとの言い伝えから、笛(楽器)を用...
佐賀鳥栖

仁比山神社(佐賀県神埼市)

にいやまじんじゃ承和11年(843年)仁明天皇の勅命で日吉大社の分霊を祀ったことから、“仁”と“比(叡)山”を組み合わせて神社の名とした(名称の由来)日吉大社分霊を合祀したことから、「山王さん」が通称となった山王さんが母神に「3年に一度会い...
佐賀鳥栖

綾部八幡神社(佐賀県みやき町)

あやべはちまんじんじゃ主祭神と共に、九千部山で隆信沙門(僧侶)が読誦祈念した風神二柱を合祀した以来、神木の銀杏に麻旗を掲げて天候を占いする“旗上げ神事(祭礼)”がおこなわれる7月15日に旗が上げられ、秋分(彼岸)の翌日に下ろされるまで、神職...
佐賀鳥栖

下野水天宮(佐賀県鳥栖市)

しものすいてんぐう壇ノ浦の戦いで敗れた平家の落人は、安徳天皇を奉じて下野の地に隠れ住んだ安徳天皇は25歳の時に天然痘に罹って、この地で崩御された5月におこなわれる小竹祭りの祭礼では、川岸に竹飾をしつらえ、藁ツトにくるんだ赤飯(食品食材)など...