腰掛け石

武雄多久

岩蔵寺 曾我殿の腰掛石(佐賀県小城市)

がんぞうじ そがどののこしかけいし延暦22年(803年)に勅命により創建、建久3年(1192年)に栄西(名僧)によって再興された寺でおこなわれた如法教(写経納経)会に虎御前や鬼王団三郎が参加して、曾我兄弟の菩提を弔ったこの法要の時、曾我兄弟...
佐賀鳥栖

荒穂神社(佐賀県基山町)

あらほじんじゃ元は基山の山頂に創建されたもので、山頂にある玉々石(磐座)を御神体とする主祭神である五十猛命(記紀神話の神)がこの石に腰を下ろし(腰掛け石)、山に最初の植林をしたとされる境内には3個の“伝説の石”が並ぶ祈願すると子宝に恵まれる...
佐賀鳥栖

菅公姿見の池(佐賀県鳥栖市)

かんこうすがたみのいけ大宰府に左遷された菅原道真に随行した三澄左将監時遠は、道真の第五子・長寿麿を養子とした道真は長寿麿に会いに時遠の隠居地へ赴き、池の水に映した自らの姿を描いた絵(絵画)を与えた姿見の池のそばには絵を描くために腰掛けた石(...
生駒葛城

吉祥草寺(奈良県御所市)

きっしょうそうじ役行者の生誕地であり、役行者自身が創建した寺院(創建伝説)役行者ゆかりの産湯の井戸や腰掛け石が境内にあるまた行者堂には、自作の役行者像(貴人像)と母親の像が安置される『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.109奈良県...
生駒葛城

達磨寺(奈良県王子町)

だるまじ聖徳太子が遊行をしていると一人の行き倒れ者(乞食)に遭遇し、飲食物や着物を与えた行き倒れ者は翌日死んで葬られたが、数日後棺を開けると空で、着物だけが残っていた(死者の怪)太子はこの行き倒れ者が達磨大師の化身であると認め、その地に達磨...
磯城高市

気都和既神社 茂古の森(奈良県明日香村)

けつわきじんじゃ もうこのもり乙巳の変(歴史的事件)で暗殺された蘇我入鹿の首級が、藤原鎌足を追ってきた(死者の怪)多武峰まで逃げた鎌足が「もう来ぬだろう」と叢林で一息ついたことから名が付いた(地名の由来)鎌足が腰掛けた石(腰掛け石)がこの境...
奈良宇陀

手向山八幡宮 菅原道真腰掛石(奈良県奈良市)

たむけやまはちまんぐう すがわらみちざねこしかけいし宇多上皇のお供として赴いた菅原道真がこの腰掛け石に座り、和歌を一首詠んだこのときの歌「このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」は『小倉百人一首』に採用された『日本の伝説...
熊谷深谷

龍淵寺 開山坐禅石(埼玉県熊谷市)

りゅうえんじ かいざんざぜんいし開山の和庵清順(名僧)がこの石の上で坐禅をしていると龍が現れたため、引導を渡した(腰掛け石:人外の悟り)翌日になると目の前の大きな池がなくなり平地となったので、そこに寺を建立した(創建伝説)『日本の伝説18 ...
西毛

高崎神社 立石(群馬県高崎市)

たかさきじんじゃ たていしかつて高崎を治めていた和田氏が愛でたとされる3つの石、“和田の三石”と呼ばれる名石の1つ日本武尊が休憩したとも、空海が腰掛けたとも言われる(腰掛け石)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.97群馬県高崎市 ...
中毛

橘山(群馬県渋川市)

たちばなやま東征から戻る途中の日本武尊が弟橘媛を偲んで「あづまはや」と言ったことから名が付いた山(地名の由来)頂上にある、命が媛を偲び腰掛けた石(腰掛け石)は“恋し石”と呼ばれ、小石神社の御神体となった(現在は敷島公園内の小石神社に移転)『...