武雄多久柴折峠(佐賀県多久市) しばおりとうげ別名・志久峠天正元年(1573年)龍造寺隆信(戦国大名)と後藤貴明(戦国武将)が戦い、後藤方が志久峠近くに陣を構えた龍造寺方が野田與七郎、後藤方が岩永八郎右衛門を斥候に出したが、峠で遭遇して與七郎が討ち取られた與七郎の遺骸はし... 2026.01.29武雄多久
行田春日部寅子石(埼玉県蓮田市) とらこいし名主の娘・寅子(乙女)は絶世の美女であったため、多くの者が求婚し、思い悩んだ寅子は自害した(子女受難)寅子の遺言に従って、両親は求婚者全員を集めて、盛大に馳走を振る舞った最後になって両親は、皆が食べた膾(料理)は寅子の肉(遺骸)で... 2025.10.17行田春日部
河内叡福寺(大阪府太子町) えいふくじ叡福寺七不思議と呼ばれるものがある御廟の周囲にある結界石は空海が一夜で築いたが(一夜作り伝説)、何度数えても数が合わない聖徳太子が母の棺を担いだ楠の棒を挿すと巨木となった(大乗木)御廟には松の木が生えない、鳥が巣を作らない、雨が降... 2025.07.09河内
金沢名願寺(石川県金沢市) みょうがんじ加賀騒動(お家騒動)で処罰された大槻伝蔵(藩士)の檀那寺流罪先の五箇山で自害した伝蔵の遺骸を塩漬けにして運び入れたとされる『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.14石川県金沢市 幸町 2025.06.13金沢
東三河女郎淵(愛知県設楽町) じょろうぶち長篠の戦いで敗走した望月右近太夫(戦国武将)の奥方は、夫の消息を尋ねて三河へ赴いたその途中で奥方は殺され、その遺骸はこの淵に投げ棄てられた(子女受難)片腕だけはさらに下流に流れていったとされる『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書... 2025.05.14東三河
東三河財賀寺(愛知県豊川市) ざいかじ三河国司となった大江定基は、地元の赤坂長者の娘・力寿姫(伝承の女性)と懇ろになる任期が終わり京へ戻る定基に対して、力寿姫は恋慕から舌を噛み切って自害した(悲恋伝説)定基は遺骸と共に7日間過ごしたが(愛着執心)、死臭のために泣く泣く舌... 2025.05.13東三河
内房吾妻神社(千葉県袖ケ浦市) あづまじんじゃ弟橘媛の遺体を車で運んでいたが、途中で動かなくなってしまったため、その地に埋葬した吾妻神社内にある臂松古墳が墓所とされる三黒の地名は弟橘媛の遺骸(むくろ)が転訛したものとされる(地名の由来)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書... 2025.04.26内房