鹿

武雄多久

和泉式部宝篋印塔(佐賀県嬉野市)

いずみしきぶほうきょういんとう和泉式部の墓と伝わる宝篋印塔塩田の長者の大黒丸夫婦は子がないため、福泉禅寺に子授の祈願をおこなったところ、裏山に鹿が生んだ女児がいたので我が子として育てた(生誕伝説)女児は9歳になるまで長者の許で育てられ、その...
武雄多久

福泉禅寺(佐賀県白石町)

ふくせんぜんじ和泉式部の生誕地とされ、裏山に住む鹿の子として生まれたとされる(生誕伝説)泣き声が聞こえるので探ると、赤子が白鹿の乳を飲んでおり、それが後年の和泉式部とされる式部が故郷を思って詠んだ和歌「ふるさとに 帰る衣の 色朽ちて 錦の浦...
武雄多久

水堂さん(佐賀県白石町)

みずどうさん正式名称は水堂安福寺天平時代、ある猟師が白鹿に矢を放ったところ鹿が金色に輝き、後を追うと矢の刺さった観音石像を見つけた猟師はその場で出家して観音を祀ったが、その矢の痕から霊水が湧き出てきた(湧水:創建伝説)水は例年旧暦の4月15...
奈良宇陀

三作石子詰之旧跡(奈良県奈良市)

さんさくいしこづめのきゅうせき興福寺菩提院大御堂の境内にある三作という子が手習いの紙を食った鹿に筆を投げたところ、当たり所が悪く鹿が死んだ春日大社の神使を殺した罪で、三作は石子詰めの刑でこの場所で生き埋めにされた(子女受難:刑場)『日本の伝...
中毛

水澤寺(群馬県渋川市)

みずさわでら光仁天皇の時代、国司の柏階知隆が巻き狩りで鹿を追い、水澤寺で打ち取った(禁を犯す)村人が鹿を奪って埋めたため、知隆は水澤寺を全て燃やしてしまった知隆は流罪となったが、蹴鞠の最中伊香保の神(その他の神々)が捕まえ、榛名湖そばの室に...
石見

奇鹿神社(島根県吉賀町)

くしかじんじゃ八岐大蛇の化身である八足八畔の大鹿が筑紫国から来て暴れ回った文武天皇の宣旨により藤原為実・藤原為方と江熊太郎(武人)がこれを討ち果たした鹿足郡の名はこの鹿から採られ、吉賀の地名も足賀の名の「足(悪し)」を「良し」に換えたもので...
石見

甘南備寺(島根県江津市)

かんなびじある年、大雪のため里へ下りられなくなり、多くの僧を賄う食糧(食品食材)が尽きた飢えで苦しんでいると大鹿が現れたので、それを打ち殺して飢えを凌いだ大鹿は本尊の虚空蔵菩薩(仏像)の姿となり、鹿賀まで歩いていった(神仏の加護)『日本の伝...
南薩

天の岩屋供養塔群(鹿児島県指宿市)

あまのいわやくようとうぐん智通という僧侶がこの地にある洞穴から閼伽(湧水)を汲んで修行を積んでいたその閼伽を口にした鹿が身籠もって、口から女児が生まれた(生誕伝説)その女児は成長して采女として都に上り、天智天皇の后・大宮姫となった姫は足の指...
北摂

無二寺 宝篋印塔(大阪府池田市)

むにじ ほうきょういんとう境内に宝篋印塔があり、和泉式部の供養塔とされる和泉式部は藤原保昌の妻となって摂津国へ赴いた鹿の鳴き声を聞いた夫が狩りに出ようとした時に和歌を詠んで諫め、保昌は以降狩りへ行かなくなった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角...
和泉

浄福寺(大阪府和泉市)

じょうふくじかつて安楽寺(現:国分寺)の奥の院で、智海上人(名僧)が修行中に尿意を催し、その小水を雌鹿が舐めた雌鹿は懐妊して人間の子供を生んだが、これが後の光明皇后とされる(生誕伝説)光明皇后は足指が鹿のような形であったため(不具者)、袋で...