柴折峠(佐賀県多久市) 2026.01.292026.02.03武雄多久枝葉遺骸峠戦国大名戦国武将地名の由来しばおりとうげ別名・志久峠天正元年(1573年)龍造寺隆信(戦国大名)と後藤貴明(戦国武将)が戦い、後藤方が志久峠近くに陣を構えた龍造寺方が野田與七郎、後藤方が岩永八郎右衛門を斥候に出したが、峠で遭遇して與七郎が討ち取られた與七郎の遺骸はしばらく峠に打ち棄てられていたため、通りがかる者が柴(枝葉)を折って死体を隠した(地名の由来)『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.67佐賀県多久市 多久町