稲主神社(佐賀県武雄市)

武雄多久小城

いなぬしじんじゃ

  • 源頼政の孫・源頼茂は京で謀反の疑いを掛けられたため、木元夕路木と名を改めて7人の子と共にこの地に隠棲した
  • この地で紅稲が盗まれる事件があり、夕路木が疑われ、役人が子に何を食べたかと尋ねると「赤まんま」と答えた
  • 尋問された夕路木は無実を証明するために7人の子の腹を裂き(子女受難)、中に赤い川海老とグミの実しかないことを見せると、自分も腹を切った(冤罪)
  • 翌年から飢饉が続いたため、夕路木と子を祀る神社を創建した(創建伝説)

『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.123
日本伝承大鑑:https://japanmystery.com/saga/inanusi.html

佐賀県武雄市 北方町志久

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