2025-06

加賀

大王寺(石川県小松市)

だいおうじ白山権現の霊夢(夢告)を受けて泰澄が発見したのが粟津温泉であり、その際に刻んだ薬師如来(仏像)を安置する『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.63石川県小松市 粟津町
加賀

赤瀬那殿観音(石川県小松市)

あかぜなでんかんのん那谷寺発祥の地とされ、現在はその奥の院とする白山を下山した泰澄が、持仏の黄金仏をこの地に納めたのを始まりとする(創建伝説)山上には那殿観音の奥の院と“くもっろ巌”という洞穴があり、親不孝者や悪人が洞穴を潜ろうとすると耳が...
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保名が淵(石川県小松市)

やすながふち保名という美しい少女がいたが、片目が不自由であった薬売り(商人)の男と懇ろになったが、薬売りは保名を棄てて余所へ向かった追いかけた保名は、水面に映える男の影を見間違えて川に飛び込んで溺死した(悲恋伝説)保名の死後、淵に片目の大蛇...
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仏御前尊像安置所(石川県小松市)

ほとけごぜんそんぞうあんちじょ仏御前が京を離れる際に祇王に形見として渡した、自刻の像(貴人像)が仏御前の死後この地に贈られた現在は個人宅に安置されている『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.60石川県小松市 原町
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仏御前屋敷跡(石川県小松市)

ほとけごぜんやしきあと平清盛の寵愛を受けた仏御前の生誕地(屋敷跡)にある墓所(生誕伝説)清盛の子を死産した後この地に戻ったが、若くして亡くなった一説では、村の女達が嫉妬から仏御前を殺したため、昼間にお産すると必ず大風(嵐)が吹く(祟り)『日...
加賀

勝楽寺(石川県小松市)

しょうらくじ安宅の関を越えた源義経一行が、関守の富樫泰家(源平の武将)により赤飯(料理)の饗応を受けた弁慶は感謝の印に法螺貝(楽器:寺宝)を奉納した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.58石川県小松市 安宅町
加賀

安宅関跡(石川県小松市)

あたかのせきあと奥州に逃れようとした源義経一行は、安宅の関所で富樫左衛門泰家(源平の武将)に嫌疑を掛けられた弁慶は、疑われた義経を杖で打ち据えることで、この窮地を逃れた歌舞伎「勧進帳」の舞台として有名(演劇)、歌舞伎役者をモデルとした弁慶・...
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多太神社(石川県小松市)

ただじんじゃ武烈天皇5年(502年)に後の継体天皇が創建したとされる古社木曽義仲が戦勝祈願のため、討死した斎藤実盛の鎧兜や直垂の切れなどを奉納した後年松尾芭蕉が来訪して詠んだ「むざんやな 甲の下の きりぎりす」の歌碑が残る『日本の伝説12 ...
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蟹淵(石川県能美市)

がんぶちある村の者が淵に雨乞いに来て、さらに鍬(農具)で水戸口を開いたところ、大蟹が襲ってきた村人の一人が鍬で蟹の足に傷を負わせ、蟹は「間に集落さえなければ、おまえらの村を押し流したのに」と言って消えたその後、村の者が温泉に湯治に行き、足に...
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根上松(石川県能美市)

ねあがりまつ樹高約14mの松の木で、樹根が地表より60cmほど隆起している根上町はこの木から名付けられた(地名の由来)源氏方の井家次郎範方(源平の武将)らが平家軍に追い込まれ、この松の木で全員が討ち死にした(源平の戦い)奥州へ逃げ落ちる源義...