佐賀鳥栖聾なおし地蔵(佐賀県佐賀市) つんぼなおしじぞう国境の三瀬峠にある、文政6年(1822年)に建立された地蔵肥前・筑前の人々の話を全て聞くことができ、聾(難聴)を治すことが出来るとされる供えてある火吹き竹(木工品)を持ち帰り、それで聞こえない耳を吹いてもらうと治るとされる... 2025.12.31佐賀鳥栖
佐賀鳥栖孫太郎観音堂(佐賀県佐賀市) まごたろうかんのんどう孫太郎という者が杉の大木を伐り倒そうとしたが、木屑が翌日に元通りになるなど、怪異が続いたある日老翁と話をした夜に夢に老翁が現れ、斧(刃物)に“血流し”を入れること、仕事始めに火を焚いて山の神に拝むことを進言した(夢告)... 2025.12.31佐賀鳥栖
佐賀鳥栖卒塔婆の堰(佐賀県佐賀市) そとばのせき天明の頃(1781~1788年)、鳴瀬川の堰は大雨のたびに決壊するため困り果てていたある時盲目の旅の僧(不具者)が通りがかり「履物の緒が右撚りと左撚りの者を人柱にするとよい」と告げたが、それに該当するのは僧だけであったそのため僧... 2025.12.31佐賀鳥栖
佐賀鳥栖稗粥地蔵(佐賀県神埼市) ひえがゆじぞう隠岐から脱出した後鳥羽上皇が隠れ住んだとされる“絹巻の里”にある地蔵(貴種流離譚)冬の日に従者と共にこの地を訪れた上皇は空腹のため、百姓家で食べ物を所望した家の老婆が差し出した稗粥(料理)をお代わりして食べた上皇は「かくばかり... 2025.12.31佐賀鳥栖
佐賀鳥栖真正寺(佐賀県神埼市) しんしょうじ少弐家家老の娘・八千代姫(姫君)には許嫁がいたが、横恋慕した中島源太郎に暗殺された許婚の仇討ちを決めた姫は仁比山神社に願を掛け、軍勢の中で仇が騎乗する馬の位置と特徴の夢告を受けた姫は仇が中島であることを確かめて討ち果たすと、真正... 2025.12.31佐賀鳥栖
佐賀鳥栖仁比山神社(佐賀県神埼市) にいやまじんじゃ承和11年(843年)仁明天皇の勅命で日吉大社の分霊を祀ったことから、“仁”と“比(叡)山”を組み合わせて神社の名とした(名称の由来)日吉大社分霊を合祀したことから、「山王さん」が通称となった山王さんが母神に「3年に一度会い... 2025.12.30佐賀鳥栖
佐賀鳥栖蛤水道 ▲お万ヶ池(佐賀県吉野ヶ里町) はまぐりすいどう おまんがいけ肥前藩の成富兵庫茂安(藩士)が蛤水道(用水路)を通したため、筑紫側の村が水不足となった水を取る役目を引き受けたお万という女が山に入ったが、連れていた赤子が足手まといになるため滝に捨てた(稚児落としの滝:子女受難... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖背振山 龍ヶ池(佐賀県神埼市) せふりさん りゅうがいけ脊振山の山頂近くにある池池の底にある岩に「金」の文字が刻まれており(字彫りの石)、龍宮へ通じる門であるとされた役行者がこの中に入ったとも、また修法(宗教儀式)をおこなって弁財天を顕現させたとも旱魃の時に池の水をかき混... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖脊振山(佐賀県神埼市) せふりさん天竺から弁財天を乗せて龍馬がこの山の上空まで来た時、天に向かって3度いななき、背びれを打ち振ったことから脊振山の名が付いた(地名の由来)乙天護法善神像を馬の背に乗せて山上の寺まで運ぶ際、馬が背を振りながら登ったことから名が付いた栄... 2025.12.25佐賀鳥栖
佐賀鳥栖霊仙寺跡 日本茶樹栽培発祥の地(佐賀県吉野ヶ里町) りょうぜんじあと にほんちゃじゅさいばいはっしょうのち建久2年(1191年)に宋から帰国した栄西(名僧)が茶の種を持ち帰り、脊振山にあった霊仙寺石上坊境内で栽培を始め、その製法を教えたとされる(起源伝説)現在も周辺では茶畑が残り、乙護法堂の... 2025.12.25佐賀鳥栖