唐津伊万里大石良知の墓(佐賀県伊万里市) おおいしよしとものはか大石良知は、大石内蔵助が京都山科にあった時に側室の“お軽”との間に出来た男児であるとされる良知は成人後各地を転々とし、伊万里の薬種問屋(商人)・藤田家の客人となったが、3年ほど後に当地で病死した死の間際で大石内蔵助の遺... 2026.02.24唐津伊万里
唐津伊万里駒鳴峠(佐賀県伊万里市) こまなきとうげ黒髪山の大蛇を退治した源為朝は、その鱗を都に献上しようと馬に運ばせた途中の峠の上り道で、あまりの重さに馬がいなないたことが“駒鳴”の地名の由来となったこの峠に“駒石”という名の、馬の形に似た石があり、夜な夜ないなないた(夜泣き... 2026.02.24唐津伊万里
唐津伊万里十三塚神社(佐賀県伊万里市) じゅうさんづかじんじゃ近くにある池ノ峠(または城古岳)に牝の大蛇が棲んでおり、源為朝がその退治を頼まれた為朝が強弓で射抜くと、大蛇はのたうち回ってこの地で息絶えた(化け物退治)大蛇の死骸は13に切り分けられ、それぞれ塚に埋められた昭和11年... 2026.02.24唐津伊万里
唐津伊万里山ン寺遺跡(佐賀県伊万里市) やまんてらいせき久安年間(1145~1150年)に松浦党2代である源直(なおす:地方豪族)がこの地に館を建てて、一族の菩提寺の総持寺を建立した(屋敷跡)朝鮮の役の時、豊臣秀吉が鐘の供出を命じたが拒否したため全山が焼き討ちに遭った(僧兵の出兵... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里円通寺 お吉観音(佐賀県伊万里市) えんつうじ おきちかんのん武雄城主・後藤貴明(戦国武将)の娘が婿を取って“お吉”という女児をもうけたが、離縁して伊万里に住み着いた龍造寺隆信の養子・家繁が伊万里城に入り、お吉を見初めて妻としたお吉は家繁の子を宿したが、難産の末亡くなったその... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里伊萬里神社 戸渡島神社(佐賀県伊万里市) いまりじんじゃ ととしまじんじゃ香橘神社・戸渡島神社と合祀し、昭和37年(1962年)に伊萬里神社となった足利尊氏が九州へ落ち延びた時に松浦の海で嵐に遭ったが、7羽の白鷺に導かれて伊万里の浦にある戸渡島に漂着できた島にある古社の由来を聞くと... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里伊萬里神社 香橘神社(佐賀県伊万里市) いまりじんじゃ こうきつじんじゃ香橘神社・戸渡島神社と合祀し、昭和37年(1962年)に伊萬里神社となった垂仁天皇の命で非時香菓(橘の実:果菜)を得るために中国へ渡った田道間守(廷臣)が船で最初に帰国した地田道間守は岩栗山に登り、その景観を... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里龍宮神社 もっこ踊り(佐賀県伊万里市) りゅうぐうじんじゃ もっこおどり唐津藩主・寺沢広高(大名)が干拓を進めるに当たり、潮止め横土井堤(堤防)を造営したが難工事となった堤防完成のために人柱が立てられ、庄屋の某が犠牲となった龍宮神社の“もっこ踊り”は人柱慰霊の祭礼とされ、神官を中... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里伊萬里神社 岩栗神社(佐賀県伊万里市) いまりじんじゃ いわくりじんじゃ香橘神社・戸渡島神社と合祀し、昭和37年(1962年)に伊萬里神社となった藤原広嗣の乱(戦乱)に際し、副将として派遣された紀飯麻呂(公家)が、戦勝祈願のため始祖である彦太忍信命を栗の木の下に祀った(創建伝説)... 2026.02.20唐津伊万里
唐津伊万里東光寺(佐賀県玄海町) とうこうじ観音堂に安置されている六手観世音菩薩像(仏像)は、平重盛が父の清盛の冥福を祈るために、自ら刻んで海に投じたものとされる仏像はその後仮屋湾内に流れ着き、漁夫の松右衛門の網にかかり、奉納された『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)... 2026.02.17唐津伊万里