2026-02

唐津伊万里

佐用姫岩(佐賀県唐津市)

さよひめいわ鏡山から大伴狭手彦(豪族)の出征を見送った松浦佐用姫は、さらに船が遠くへ行くのを悲しみ、それを追おうとした佐用姫は山を一気に下りると、松浦川のそばにあった巨石の上に飛び乗り、さらに船を追って北へ走っていった巨石の上には、佐用姫が...
唐津伊万里

鏡山 蛇池(佐賀県唐津市)

かがみやま へびいけ『肥前国風土記』にある、松浦佐用姫の別伝大伴狭手彦(豪族)が出征して5日後の夜、佐用姫の許に狭手彦に似た男が訪ねてきた一夜を共にしたが不審に思った佐用姫が、男の着物の端を糸(裁縫道具)を結んでその後を追うと、男は鏡山の山...
唐津伊万里

鏡山(佐賀県唐津市)

かがみやま標高284mの山で、別名“領巾振山(ひれふりやま)”任那遠征の任にあった大伴狭手彦(豪族)はこの地に滞在中に、長者の娘・松浦佐用姫の世話を受け、恋仲となった狭手彦が任那へ向けて出港すると、佐用姫はこの山の頂上で領巾(装身具)を振っ...
唐津伊万里

虹の松原(佐賀県唐津市)

にじのまつばら海岸線(浜海岸)にある長さ4.5km、幅約500mの松林(叢林)唐津藩初代藩主・寺沢広高(大名)が砂防林として植林したのが始まりとされる(起源伝説)豊臣秀吉にまつわる七不思議があり、一喝したため蝉(昆虫)が鳴かなくなった(音止...
唐津伊万里

諏訪神社(佐賀県唐津市浜玉町浜崎)

すわじんじゃ百済の鷹匠・誓来(斉来:渡来人)が朝廷に鷹を献上するため来日し、矢田連の娘・諏訪姫(姫君)が勅使としてこの地に鷹を受け取りに来た鷹狩りの稽古をするうちに二人は恋仲となるが、献上の鷹が蝮(蛇)に殺されてしまい、諏訪姫は責を負って自...
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大村神社(佐賀県唐津市)

おおむらじんじゃ藤原広嗣(藤原氏)は、玄昉(名僧)・吉備真備に異を唱えて大宰府に左遷され、さらに謀反の疑いを掛けられ攻められた(藤原広嗣の乱:歴史的事件)広嗣は朝鮮に逃れようとしたが、船が難破してこの地に漂着し、斬罪となったその後この地に疫...
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垂綸石(佐賀県唐津市)

すいりんせき三韓征伐の際、神功皇后が戦勝を占いするために玉島川(河川)で釣りをおこない、鮎を釣り上げたその時皇后が上に乗って釣りをしたとされる巨石石の色が紫色であるため、別名“紫台石”とも呼ばれる現在は万葉垂綸石公園に移転してある『日本の伝...
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玉島神社(佐賀県唐津市)

たましまじんじゃ別名は“神功皇后宮”、“聖母(しょうも)大明神”三韓征伐の際、神功皇后がこの地を訪れて、戦の成否を占うために玉島川で魚を釣ったとされる釣れた魚は鮎で、これを見て皇后は「珍しきもの」と言ったことから、一帯は“梅豆羅(めずら)国...
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観音の滝(佐賀県唐津市)

かんのんのたき高さ約45m、幅約10mの滝で、そのそばに生目観音があり、滝の水で目を洗うと眼病が治るとされるまた手拭い(織布)に願い事を書いて奉納すると叶うともされる(特別な奉納)豊臣秀吉の側室・広沢の局が文禄3年(1594年)に眼病を患っ...
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心月寺(佐賀県唐津市)

しんげつじ波多氏17代の親(ちかし:戦国大名)は、龍造寺氏と和睦の証として、妻と離縁して龍造寺隆信の養女を後妻とした離縁された妻は城を出て出家し、心月尼(尼僧)と名乗って隠棲した心月尼はまもなく病死し、隠棲した庵の跡に心月寺が建てられた(創...