平田三五郎の墓(鹿児島県曽於市)

大隅

ひらたさんごろうのはか

  • 三五郎塚とも呼ばれる
  • 15歳の美少年・平田三五郎宗次(武人)は、吉田大蔵清家と義兄弟の契りを交わしていた
  • 慶長4年(1599年)の庄内の乱(戦国の戦い)で吉田大蔵が討死すると、自ら敵陣に切り込んで討死した(武士の鑑)
  • 戦時中、この墓石を削って持っていると無事でいられるとされた(武運長久:除災の俗信)

『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.35

鹿児島県曽於市 財部町北俣

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