報恩寺 百婆仙の碑(佐賀県有田町)

唐津伊万里

ほうおんじ ひゃくばせんのひ

  • 朝鮮の役の後、百婆仙は夫の宗伝(陶工)と共に朝鮮から武雄に渡ってきた(渡来人)
  • 夫の死後、70歳の時に一族総出で武雄から有田へ居を移し、作陶を続けた
  • 明暦2年(1656年)に96歳で亡くなるまで、数百人の陶工をまとめて初期の有田焼の発展に寄与した(女傑)
  • 報恩寺の碑(石塔)は、百婆仙没後50年の年に曾孫が建立した

『日本の伝説38 佐賀の伝説』(角川書店)p.225

佐賀県有田町 稗古場

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