地蔵

武雄多久小城

六角の泣仏地蔵(佐賀県白石町)

ろっかくのなきびす?じぞう生活苦で母親に捨てられた赤子が、乳を求めて泣きながら死んでしまった(子女受難)ある者がその赤子の供養に地蔵を建て、この地蔵に乳を供えると乳が出るようになるとされた(授乳の俗信)また乳を地蔵に掛けると、目から涙を流し...
佐賀鳥栖

聾なおし地蔵(佐賀県佐賀市)

つんぼなおしじぞう国境の三瀬峠にある、文政6年(1822年)に建立された地蔵肥前・筑前の人々の話を全て聞くことができ、聾(難聴)を治すことが出来るとされる供えてある火吹き竹(木工品)を持ち帰り、それで聞こえない耳を吹いてもらうと治るとされる...
佐賀鳥栖

稗粥地蔵(佐賀県神埼市)

ひえがゆじぞう隠岐から脱出した後鳥羽上皇が隠れ住んだとされる“絹巻の里”にある地蔵(貴種流離譚)冬の日に従者と共にこの地を訪れた上皇は空腹のため、百姓家で食べ物を所望した家の老婆が差し出した稗粥(料理)をお代わりして食べた上皇は「かくばかり...
佐賀鳥栖

修学院 身代わり地蔵(佐賀県吉野ヶ里町)

しゅがくいん みがわりじぞう大きな戦乱があった時、寺から一人の小僧が使いに出たところ、敵軍と遭遇した敵は小僧一人相手に苦戦を強いられたが、小僧は眉間に矢を受けて姿をくらました後に敵が寺に入り確かめると、寺には該当する小僧はいなかった寺の地蔵...
沼田草津

禅定院 田植え地蔵(群馬県沼田市)

ぜんじょういん たうえじぞう本尊の地蔵菩薩像は円仁作とされる田植えの時、見知らぬ者が手伝ってくれてそのまま帰っていった後を追うと、禅定院の前で消え、本尊が泥まみれになっていた(手伝う神仏)『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.56群...
沼田草津

戸鹿野八幡宮 地蔵菩薩像(群馬県沼田市)

とがのはちまんぐう じぞうぼさつぞうかつて川場村立岩八幡宮にあった地蔵同地の某氏の夢枕に立ち、戸鹿野へ行きたいと伝えた(夢告)重い石地蔵であったが、運ぶ際は非常に軽く感じられた『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.55群馬県沼田市 ...
桐生太田館林

常楽寺 やきもち地蔵(群馬県館林市)

じょうらくじ やきもちじぞう近くの深諦寺の日限地蔵を見初め、夜な夜なこの寺の地蔵が川沿いの土手を歩いた(動く絵や像:遊ぶ神仏)住職が柵を作ったがこれを破って出歩くため、さらに厳重に囲われて出られなくなった近くの橋を婚礼の列が渡ると不縁になる...
指宿枕崎日置

刻み地蔵(鹿児島県指宿市)

きざみじぞう別名・飢死御前(ひじんがごぜん)清見城が落城した際、池田信濃守の姫君は洞穴に潜伏した(落城伝説)機を窺いつつ地蔵を岩壁に刻んでいたが、やがて食糧が尽きて餓死した(子女受難)あるいは慰霊のために食事も取らず一心に地蔵を彫り続け、完...
鹿屋垂水曽於

夏井六部父娘地蔵(鹿児島県志布志市)

なついろくぶおやこじぞう?永正年間(1504~1521年)に国境の夏井番所(関所)で父と娘の六部(巡礼六部)が入国しようとした許可が下りないため、滞在し続けた親子は恨みの和歌を残して海に入水して果てた村の者が憐れに思い2体の地蔵を祀り、六部...
身延市川三郷

輪鳴り地蔵(山梨県身延町)

わんなりじぞう武田信玄がある坂で休憩し、地蔵が現れる夢を見たので、近くの石に“地蔵尊”と書いて供養した後に今川勢が攻めた時、坂にある木々が武田軍に見え、異様な唸り声を上げたので撤退した(声の怪)唸り声の正体が地蔵に懸けてある金の輪が鳴ったこ...