佐倉成田銚子千人塚(千葉県銚子市) せんにんづか正式名称は“千人塚海難漁民慰霊塔”潮流の激しい場所で、多くの水難事故死者を祀る供養塔慶長19年(1614年)に起こった津波の溺死者を供養したのが始まりとされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.46日本伝承大鑑:千葉県銚... 2025.04.26佐倉成田銚子
佐倉成田銚子頭白上人入定塚(千葉県香取市) ずはくしょうにんにゅうじょうづか文明15年(1583年)に頭白上人(名僧)が、疫病や災害に苦しむ人々を救うために入定した3年後に村人が、底辺50mあまりの3段の方墳を築いて入定塚とし、板碑を建立した『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p... 2025.04.25佐倉成田銚子
佐倉成田銚子岩屋古墳(千葉県栄町) いわやこふん隠れ座頭という妖怪(化け物)が棲み着いており、膳や椀を必要なだけ貸していたある時村の者がそれを返さなかったので、それ以来いくら頼んでも貸さなくなった(椀貸伝説)返さなかった膳椀一式(食器)が龍角寺にある『日本の伝説6 房総の伝説... 2025.04.24佐倉成田銚子
佐倉成田銚子桔梗塚(千葉県佐倉市) ききょうづか将門口ノ宮神社の奥宮であり、平将門の愛妾であった桔梗(桔梗の前)の墓とされる桔梗が将門を裏切った呪いのため、この地では桔梗の花が咲かないとされる(動植物の俗信)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.27日本伝承大鑑:千葉県... 2025.04.24佐倉成田銚子
千葉木更津七天王塚(千葉県千葉市中央区) しちてんのうづか北斗七星の形に配置された7つの塚平将門の影武者の墓とも、千葉氏の7人兄弟の墓であるとも伝わる塚に生えている樹木を伐ると祟りがある(祟る物)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.11日本伝承大鑑:千葉県千葉市中央区 亥鼻 2025.04.23千葉木更津
新潟村上長恩院霊廟(新潟県新潟市西蒲区) ちょうおんいんれいびょう庄屋の田辺小兵衛(義民)は灌漑のための用水路建設を思い立ち、完成させる使用を認めない長岡藩の役人(藩士)が用水路の水を止め、小兵衛を斬罪に処した斬られた小兵衛の首は飛び去って、用水路の水門にかじりついてこじ開けたため... 2025.04.07新潟村上
長岡魚沼水草の局塚(新潟県長岡市) みずくさのつぼねつか平清盛の弟・平頼盛(平氏)の正室・水草の局を葬った場所清盛近親で唯一生き残った頼盛の一党は、平氏滅亡後に羽越国境近くに隠棲し、その後水草の局だけがこの地に移り住んで亡くなったとされる(平家の落人)『日本の伝説41 越後の... 2025.04.06長岡魚沼
長岡魚沼光正寺 与茂七の首塚(新潟県長岡市) こうしょうじ よもしちのくびづか正徳3年(1713年)、中之島の庄屋であった大竹与茂七(義民)は無実の罪で打ち首となった昭和53年(1978年)に与茂七生誕300年を記念して、宗家の菩提寺の境内に首塚が立てられた『日本の伝説41 越後の伝説... 2025.04.06長岡魚沼
長岡魚沼大儀寺 関山の毛塚(新潟県南魚沼市) だいぎじ せきやまのけづか源教という僧侶が、転落死が絶えない五十嵐橋で寒行供養していると、菊という名の女の幽霊が現れた幽霊は髪の毛があるため成仏出来ないので、髪を剃って欲しいと頼んだ源教は幽霊を寺に招いて髪を剃り、そのうちの何本かを手元に残... 2025.04.03長岡魚沼
長岡魚沼道円塚(新潟県魚沼市) どうえんづか破間川が決壊したため堤防工事をするも上手くいかず、道円という名の旅僧が人柱を立てるよう進言したしかし村に人柱に志願する者がないので、旅僧(僧侶)自身が人柱になることとした僧はしばらく土中で念仏を唱え続けたが、その後その地に塚が造... 2025.04.01長岡魚沼