鹿児島霧島

隼人塚(鹿児島県霧島市)

はやとづか五重石塔3基と四天王石像4体からなる塚養老4年(720年)大和政権に反乱(戦乱)を起こした隼人族(隼人熊襲)の慰霊のために造られた塚とされる『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.51鹿児島県霧島市 隼人町見次
鹿屋垂水曽於

宮ヶ原千人塚(鹿児島県曽於市)

みやがはらせんにんづか投谷八幡宮入口にある2つの塚永禄元年(1558年)に、肝付氏と北郷氏(島津氏)の戦い(戦国の戦い)で戦死した者を葬った『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.28鹿児島県曽於市 大隅町大谷
鹿屋垂水曽於

国司塚(鹿児島県鹿屋市)

こくしづか養老4年(720年)大隅国の初代国司であった陽侯史麻呂(やこのふひとまろ)が、隼人(隼人熊襲)の反乱により巡察中に殺され(歴史的事件)葬られた首塚塚のある場所に女性が入ると災いがあるとされ、女人禁制の地とされる『日本の伝説11 鹿...
身延市川三郷

鳥塚(山梨県市川三郷町)

とりづか芦川(河川)に堤防を設けて流れを変えたが、たびたび水害に遭っていた人柱に代わって、生きたままのつがいの鶏を埋めて祠を建てたところ、水害が起こらなくなった『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.108山梨県市川三郷町 市川大門
身延市川三郷

法界寺 経塚(山梨県富士川町)

ほうかいじ きょうづか越後のある地方豪族が玉を紛失し、それを貧しい母子の仕業と勘違いして死なせてしまったため、出家して諸国を巡った(冤罪:巡礼六部)この地に庵を結び、供養のため小石に法華経を1文字ずつ書いて(一字一石)積み重ねて塚とした(願...
甲府韮崎北杜

▲泉龍寺 無頭坊上人塚(山梨県北杜市)

せんりゅうじ むとうぼうしょうにんづか?天保の飢饉の折、凶作から人々を救いたいと一人の托鉢僧(僧侶)が穴を掘って土中に入定した(入定塚)その跡に無縫塔を建て、無頭坊と呼んだ『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.83山梨県北杜市 高根...
甲府韮崎北杜

清泰寺 龍肢塚(山梨県北杜市)

せいたいじ りゅうしづか?裏山に棲む悪龍が雲鷹和尚に諭され帰依した証として前脚を食い千切り、雨乞いに使うよう告げた(人外の悟り)この前脚を埋めたのが龍肢塚で、水を注ぐと雨が降るとされる(雨乞い伝説)近くの釜無川の淵で椀を貸すものがあり(椀貸...
甲府韮崎北杜

慈照寺 猫塚(山梨県甲斐市)

じしょうじ ねこづか寺が貧乏であった頃、猫に暇を出したところ、甲府の旗本(幕臣)の葬儀がおこなえるよう取り計らうと約束した甲府の旗本・渡辺某の葬儀の際、黒雲(火車)が棺桶をさらって慈照寺へ持ってきた(猫檀家:動物報恩譚)これを機に渡辺家は檀...
甲府韮崎北杜

土橋大蔵の石廟(山梨県甲府市)

どばしおおくらのせきびょう九一色衆十七騎(戦国武将)の一人であった土橋大蔵は正月二日に狩りに出て転落死したその際、大蔵の2匹の飼い犬は、1匹が主人の亡骸の番をし、もう1匹が家人に危急を告げた(忠犬伝説)正月四日に葬儀をしたので、今でも4日に...
甲州笛吹

板額塚(山梨県笛吹市)

はんがくづか建仁元年(1201年)に越後で乱を起こした城資盛の叔母で、弓の名手とされた板額御前(女傑)は、戦乱の中で生け捕りとなったその後甲斐の浅利与一(源平の武将)が妻として迎え、子をなした後にこの地で没したとされる(墓所)『日本の伝説1...