加賀小松

富樫の馬塚(石川県加賀市)

とがしのうまづか雪の中で道に迷った富樫三郎(武人)は、乗っていた愛馬が口にくわえて持ってきた餅(食品食材)で命拾いした(動物報恩譚)翌朝の帰途で、馬が菅生石部神社の前で止まって動かなくなり、怒った三郎はついに馬を斬り殺した目の前にあった家に...
加賀小松

山口玄蕃宗永首塚(石川県加賀市)

やまぐちげんばむねながくびづか大聖寺城主であった山口玄蕃(大名)は関ヶ原の戦いの折、東軍の前田利長に城を攻められた落城寸前で嫡子・修弘と共に城を脱出したが、最後は城下で自害した首級が埋められた場所に首塚が建っている(修弘の首塚は現在全昌寺に...
加賀小松

法皇山横穴古墳(石川県加賀市)

ほうおうざんよこあなこふん花山院の陵墓、あるいは院の宝物を埋蔵したとされた古墳院の崩御後、勅使がこの地に残って居住するようになったことから“勅使町”の名が付いた(地名の由来)実際は、6~7世紀にかけて造られた横穴式の集団墓『日本の伝説12 ...
加賀小松

御幸塚古墳(石川県小松市)

みゆきづかこふん高台に5世紀後半に造られた、全長約30m、後円部直径約17mの前方後円墳この古墳の上から3つの潟が一望できることから“三湖台”と呼ばれ、花山院がたびたび行幸されて景観を愛でたことから“御幸塚”と名付けられた(地名の由来)『日...
加賀小松

即得寺 狐塚(石川県能美市)

そくとくじ きつねづか人をたぶらかしていた2匹の白狐が捕まったが、即得寺の住職がそれを諭して逃がしてやった狐は火除けの効がある国重の刀剣を差し出して、恩義に報いた(現在も寺宝)その後狐は死ぬまで寺に棲み着き、死後境内に葬られた(動物報恩譚)...
加賀小松

石の木塚(石川県白山市)

いしのきづか酒屋の浦島太郎は、毎夜酒を買いに来る娘に誘われて龍宮へ行き、乙姫と契りを交わした望郷の念に駆られた浦島は故郷に戻ったが知る者もなく、すぐに朽ち果ててしまった龍宮から浦島の5人の娘がこの地を訪れ、父の死を知って嘆き悲しみ、そのまま...
金沢

才田御亭山古墳(石川県金沢市)

さいだおちんやまこふん直径20m、高さ5mの、古墳時代に造られた円墳伝説では、蓮如に美しい景色を見てもらおうと土盛りしたと言われる蓮如が挿した箸が榎の大樹となっている山頂にある石は蓮如の腰掛け石とされる『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(...
金沢

御所八塚山古墳(石川県金沢市)

ごしょやつつかやまこふん南朝に与した二条師基(藤原氏)が加賀に下向した地帰京の際に9億8千万貫の金銀を8つに分けて埋めた(財宝伝説)8つの塚(古墳)を暴くと狂死するとされ(祟り)、財宝護持のため弁財天が置かれた(現在は近くの加茂神社に移転)...
金沢

玉兎ヶ丘 庚申塚(石川県金沢市)

ぎょくとがおか こうしんづか越前朝倉氏に家臣だった堀左近(戦国武将)は、織田方に捕らえられて尾張で投獄された母親が信心する青面金剛に祈ったところ、庚申の夜に3匹の猿が左近を助けた(神仏の加護)左近は剃髪して僧となり、卯辰山に庚申堂を建てて居...
三次庄原

比婆山御陵(広島県庄原市)

ひばやまごりょう比婆山の山頂部分一帯を指す『古事記』によると伊弉冉神を葬った地とされ、陵墓とされる(黄泉国)山頂にある、樹齢約2000年のイチイの木(木本)に囲まれた巨石のある場所が墳墓(墓所)であるとされる『日本の伝説21 広島の伝説』(...