武雄多久小城黒髪山 夫婦岩(佐賀県武雄市) くろかみやま めおといわ谷を挟んで右が雄岩、左が雌岩とされる夫婦岩この地に流れてきた新三郎と、庄屋の娘のお君はお互い惹かれあって恋仲となったしかし新三郎がキリシタンであることが露見したため黒髪山へ逃げ込み、それを追ってお君も山に入った(ある... 2026.03.02武雄多久小城
武雄多久小城おつぼ山(佐賀県武雄市) おつぼやま九州に流された源為朝が、武雄の領主・後藤助明(地方豪族)の監視の下に居館を構えたとされる(屋敷跡)標高66mの頂上には為朝を祀るとされる“八郎さんの石祠”が置かれる昭和37年(1962年)に全国8番目となる神籠石が発見され、総延長... 2026.02.27武雄多久小城
武雄多久小城柏岳(佐賀県武雄市) かしわだけ標高239mの山で、太政大臣藤原良房(藤原氏)の娘・柏姫(姫君)から名付けられた(地名の由来)柏姫は、姉の明子が産んだ惟仁親王(後の清和天皇)の皇位継承争い解決を祈願するため、九州の諸社を参詣したその途中で病を得た姫は武雄温泉で療... 2026.02.27武雄多久小城
武雄多久小城蓬莱山(佐賀県武雄市) ほうらいさん標高330mの山不老不死の仙薬を求めて日本へ来た徐福は、最初伊万里湾から上陸した初め黒髪山に仙薬(薬草)を求めたが見つからず、次に蓬莱山に登ったとされるさらに杵島山も探すも見つからず、再び船を出して佐賀に寄港して金立山に登った『... 2026.02.26武雄多久小城
武雄多久小城御船山(佐賀県武雄市) みふねやま標高210mの山三韓征伐を終えた神功皇后はこの地に船を停泊させて上陸したが、その時船を繋いだのがこの山であるとされる(地名の由来:舟繋ぎ伝説)また停泊した船がそのまま山になってしまったともされ(地形の由来)、北の嶺が船首、南の嶺が... 2026.02.26武雄多久小城
唐津伊万里黒髪山(佐賀県有田町) くろかみやま標高516mの山で、頂上に“天童岩”と呼ばれる巨石があるこの山に七又の角の生えた大蛇が棲み着き、天童岩に身体を巻き付け、口から火を吹きながら周辺に害をなした長寛2年(1164年)に訴えがあり、武雄邑主・後藤助明(地方豪族)が60... 2026.02.25唐津伊万里
唐津伊万里衣干山(佐賀県唐津市) きぬぼしやま標高163mの山松浦佐用姫が大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って鏡山から駆け下りた時、松浦川(河川)に飛び込んでしまったその濡れた衣類を干して乾かした山とされる(地名の由来)あるいは涙で濡れた衣類を乾かしたともまた別説では、三韓... 2026.02.10唐津伊万里
唐津伊万里鏡山(佐賀県唐津市) かがみやま標高284mの山で、別名“領巾振山(ひれふりやま)”任那遠征の任にあった大伴狭手彦(豪族)はこの地に滞在中に、長者の娘・松浦佐用姫の世話を受け、恋仲となった狭手彦が任那へ向けて出港すると、佐用姫はこの山の頂上で領巾(装身具)を振っ... 2026.02.07唐津伊万里
唐津伊万里岸岳(佐賀県唐津市) きしだけ標高320mの山で、別名“鬼子嶽”この山を根城に、里人から“鬼”と怖れられた狐角(木角)という賊徒(盗賊)一味が近隣を荒らし回っていた朝廷は、大江山の鬼退治に功績のあった渡辺綱を父に持つ、肥前国生まれの次男・久(筒井判官久:武人)を... 2026.02.05唐津伊万里
唐津伊万里女山(佐賀県唐津市) おんなやま標高685mの山で、別名“船山”鈴鹿御前(伝承の女性)の霊が宿るとの説があり、山の姿が髪を結った女の横顔に似ており、山上の岩屋がお歯黒をつけた女の唇の姿に見えるとされるまた山麓の“めずらし岩”や“つつみ石”は鈴鹿御前の宝物を入れた... 2026.02.02唐津伊万里