彫像

佐賀鳥栖

本庄神社 楼門の猿(佐賀県佐賀市)

ほんじょうじんじゃ ろうもんのさる名匠と言われた詫田の番匠(大工)が慶長17年(1612年)に造った楼門の上に飾られた、2匹の猿の木像夜な夜な門から下りて近くの田畑を荒らしているのが見つかり、村人が藩主の鍋島直茂(大名)に訴えた(動く絵や像...
薩摩川内出水

戸田観音 ガラッパ像(鹿児島県薩摩川内市)

とだかんのん がらっぱぞう長禄3年(1459年)、渋谷徳重(武家)の姫が舟遊びをしている最中、樋脇川(河川)に落ちて水死した河童の仕業と考えた徳重は、供養のために建立した観音像の足元に河童(ガラッパ)の像を置いて懲らしめたさらに川近くに「水...
鹿児島霧島

持明院様(鹿児島県鹿児島市)

じみょういんさあ通称“ジメサア”島津義久(戦国大名)の三女で、島津家久(大名)の正室となった亀寿(持明院)の石像(貴人像)人格は優れていたが、器量が良くなかったため、その死後より石像に化粧する風習が伝わった(化粧する像)石像に化粧すると美人...
身延市川三郷

熊野神社 狛犬(山梨県市川三郷町)

くまのじんじゃ こまいぬ近辺の森林から木を盗む者があると、社前にある石の狛犬が吠えて追い払ったある木樵(杣人)が斧で両方の狛犬の脚を1本ずつ斬り落としたため、狛犬は動かなくなったその日のうちに木樵は急死した(罰を与える)『日本の伝説10 甲...
甲府韮崎北杜

諏訪神社 曾我十郎・虎御前木像(山梨県南アルプス市)

すわじんじゃ そがじゅうろう・とらごぜんもくぞう虎御前はこの地の出身とされ(生誕地)、曾我兄弟の仇討ち後に帰郷して生涯を終えたかつては伊豆神社の御神体(貴人像)とされたが廃社となり、諏訪神社に安置されている『日本の伝説10 甲州の伝説』(角...
甲府韮崎北杜

一蓮寺の龍(山梨県甲府市)

いちれんじのりゅうかつて左甚五郎が彫った龍を正門に飾っていた寺で火事があった時、龍は半身が焼けてしまったが、本堂に火が移る前に水を吐き出して火を防いだ(建物を守る)『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.42山梨県甲府市 太田町
加賀小松

仏御前尊像安置所(石川県小松市)

ほとけごぜんそんぞうあんちじょ仏御前が京を離れる際に祇王に形見として渡した、自刻の像(貴人像)が仏御前の死後この地に贈られた現在は個人宅に安置されている『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.60石川県小松市 原町
一宮小牧瀬戸

本光寺 西行法師木像(愛知県小牧市)

ほんこうじ さいぎょうほうしもくぞう西行がこの地を訪れた時に自らの像(貴人像)を造って立ち去った村人が西行堂を建てて安置したが水害で流され、後年に下流の泥の中から見つかったその後各地を転々としたが、本光寺の本堂に安置された『日本の伝説7 愛...
東金九十九里

本国寺 日蓮上人坐像(千葉県大網白里市)

ほんこくじ にちれんしょうにんざぞう天文15年(1546年)に造立された日蓮の木像坐像(貴人像)別名“雨乞い祖師像”と呼ばれ、祈雨の霊験あらたかとされる境内には文政と昭和時代におこなわれた雨乞いの成果を記した記念碑がある『日本の伝説6 房総...
新潟村上

宝光院 妙多羅天像(新潟県弥彦村)

ほうこういん みょうたらてんぞう鬼女となった弥三郎婆が、宝光院の住職・典海阿闍梨によって諭されて改心し、妙多羅天という神(その他の神々)になって祀られた『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p.84日本伝承大鑑: 新潟県弥彦村 弥彦