寺院

佐倉成田銚子

飯沼観音(千葉県銚子市)

いいぬまかんのん寺名は円福寺本尊の十一面観音像(仏像)は、神亀5年(728年)に海中で光(怪光)を放っていたところを、霊夢を見た漁夫により引き揚げられた(夢告:創建伝説)天正6年(1578年)に海上長者が大伽藍を建て、現在の銚子の町が門前町...
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観福寺(千葉県香取市)

かんぷくじ空海が断食修行をしていると、龍神が現れて鮭を供えた空海が鮭を村人に分け与えたところ、蔓延していた疫病が治まった霜月初卯の祭礼の日になると鮭が栗山川を遡上するようになった本尊は平将門の持仏とされる聖観音菩薩像(仏像)『日本の伝説6 ...
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龍正院(千葉県成田市)

りゅうしょういん通称・滑河観音ある冷害(天災)の年、領主の(小田)将治(地方豪族)が仏に祈願すると、結願の日に朝日姫と名乗る少女が現れた将治は朝日姫に小田川の朝日ヶ淵へ連れて行かれ、そこで老僧から一体の観音像(仏像)を与えられた観音像を祀る...
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宗吾霊堂(千葉県成田市)

そうごれいどう正式名称は“東勝寺”で、坂上田村麻呂が房総を平定した時の戦死者を弔うために建立した(創建伝説)義民・佐倉惣五郎を祀る霊堂(堂宇)が本堂となる墓のある場所が処刑の地(刑場)とされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.38...
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成田山新勝寺(千葉県成田市)

なりたさんしんしょうじ平将門を調伏するため、寛朝僧正(名僧)が不動明王像を奉じてこの地で護摩祈祷(宗教儀式)をおこない、満願の日に敗死させた乱の平定後、不動明王像が動かなくなったので、この地に留めおいて寺を開いた(創建伝説)平将門を祭神とす...
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松虫寺(千葉県印西市)

まつむしでら不治の病の松虫姫(不破内親王)は病を治すお告げを聞いて、行基と共に下総国へ向かった(貴種流離譚)薬師堂に籠もった姫は、満願の日に病が治り、都へ戻った感激した父の聖武天皇は行基に命じて7体の薬師仏を造らせて寺を建立、後に姫の死後に...
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竜腹寺(千葉県印西市)

りゅうふくじ印旛沼に龍が棲んでいたが、旱魃で苦しむ民を見て、龍王に逆らって雨を降らせようとして殺された(雨乞い伝説:人助けの物怪)龍の身体は頭・胴・尾の3つに切られ、空から落ちてきた村人はそれぞれの部分を丁重に葬り、龍角寺・竜腹寺・龍尾寺を...
佐倉成田銚子

龍角寺(千葉県栄町)

りゅうかくじ印旛沼に龍が棲んでいたが、旱魃で苦しむ民を見て、龍王に逆らって雨を降らせようとして殺された(雨乞い伝説:人助けの物怪)龍の身体は頭・胴・尾の3つに切られ、空から落ちてきた村人はそれぞれの部分を丁重に葬り、龍角寺・竜腹寺・龍尾寺を...
船橋松戸野田

照妙院不動尊(千葉県我孫子市)

しょうみょういんふどうそん通称・簔笠不動平将門の祖父・高望王が東国へ赴く際に護持仏とした秘仏(仏像)が、不動尊の中に収められているかつて「しょうべん地蔵」があり、敵の藤原秀郷に見立てて小便や唾を引っ掛け、成田山開帳の日には下肥をかけた(糞尿...
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泉倉寺 延命地蔵(千葉県印西市)

せんぞうじ えんめいじぞう弘化4年(1847年)に井伊家(大名)より寄進された地蔵で、平安末~鎌倉初期の作とされる雨乞いの霊験あらたかであるとされ、雨乞い地蔵と呼ばれる(祈雨)泉倉寺はかつての“天龍山龍腹寺”とされ、雨乞いをおこない龍の身体...