寺院

武雄多久小城

水堂さん(佐賀県白石町)

みずどうさん正式名称は水堂安福寺天平時代、ある猟師が白鹿に矢を放ったところ鹿が金色に輝き、後を追うと矢の刺さった観音石像を見つけた猟師はその場で出家して観音を祀ったが、その矢の痕から霊水が湧き出てきた(湧水:創建伝説)水は例年旧暦の4月15...
佐賀鳥栖

天祐寺(佐賀県佐賀市)

てんゆうじ龍造寺隆信(戦国大名)の敗死後、重臣の鍋島直茂が龍造寺家に代わって領地を統治した江戸幕府になっても鍋島家の統治が続いたため、隆信の孫の龍造寺高房は自害、まもなく高房の父の政家も病死した(お家騒動)その後佐賀城下に、白装束の高房の幽...
佐賀鳥栖

真正寺(佐賀県神埼市)

しんしょうじ少弐家家老の娘・八千代姫(姫君)には許嫁がいたが、横恋慕した中島源太郎に暗殺された許婚の仇討ちを決めた姫は仁比山神社に願を掛け、軍勢の中で仇が騎乗する馬の位置と特徴の夢告を受けた姫は仇が中島であることを確かめて討ち果たすと、真正...
佐賀鳥栖

大興善寺(佐賀県基山町)

だいこうぜんじ境内に平重盛の遺髪(毛髪)を埋めた石塔があるこのことから山号を“小松山”とし、周辺の地名も“小松”となった(地名の由来)享和2年(1802年)、豪潮律師(名僧)が全国に84000の宝篋印塔を建てる大悲願を立てたその最初の塔を大...
佐賀鳥栖

安生寺 太田観音(佐賀県鳥栖市)

あんしょうじ おおたかんのん子のなかった八ツ並長者は子沢山の叔母を訪れ、民を慈しめば子が出来ると諭され、それを実行して娘をもうけた成長した娘は柳川長者へ嫁いで子をもうけたが、その後八ツ並長者と戦となって家を出された実家へ戻ろうとしたが、父の...
佐賀鳥栖

妙覚寺(佐賀県鳥栖市)

みょうかくじ菅原道真お手植えの梅の木があり、1本の枝から5個の実が成るとされた昭和28年(1953年)の水害で初代は枯れてしまった現在山門近くに“菅公手栽五子之梅"と刻まれた石碑が立ち、隣に梅の木が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説...
前橋伊勢崎

水澤寺(群馬県渋川市)

みずさわでら光仁天皇の時代、国司の柏階知隆が巻き狩りで鹿を追い、水澤寺で打ち取った(禁を犯す)村人が鹿を奪って埋めたため、知隆は水澤寺を全て燃やしてしまった知隆は流罪となったが、蹴鞠の最中伊香保の神(その他の神々)が捕まえ、榛名湖そばの室に...
前橋伊勢崎

柳沢寺(群馬県榛東村)

りゅうたくじ下総の平常将(地方豪族)は船尾山にあった柳沢寺に祈願して、一子の相満を授かった寺で修行していた相満は、祭礼の日に天狗にさらわれて行方知れずとなった寺が隠したと誤解した常将は焼き討ちにしたが(法難)、天狗と相満が真実を告げたため、...
沼田草津

善導寺(群馬県東吾妻町)

ぜんどうじ真田幸隆(戦国武将)が岩櫃城を攻めた時、善導寺の住職が水利の秘密を教えたため落城した(落城伝説)善導寺の本堂(堂宇)は怪火によって全焼し、その後5回に亘って火事に遭ったため落城の祟りであるとされた『日本の伝説27 上州の伝説』(角...
沼田草津

雲谷寺(群馬県沼田市)

うんこくじ4人の盗人(盗賊:あるいは弁慶とも)が鐘を盗んだが、途中で腹が減ったため、近くの村人から粟飯を分けてもらった鐘を探しにきた僧侶が同じ村人から粟飯(食品食材)を分けてもらい、盗人に施したことを褒めて立ち去った村人が雲谷寺を訪れると、...