寺院

八尾河内長野

慈光寺(大阪府東大阪市)

じこうじ生駒山に2匹の鬼の夫婦が棲んで村々に害をなしていたのを役行者が法力で退治した(化け物封印)改心した鬼は髪(毛髪)を切り、義覚・義玄という名で弟子となった鬼の棲んでいた地に建てられたのが慈光寺となる(創建伝説)『日本の伝説8 大阪の伝...
八尾河内長野

善光寺(大阪府八尾市)

ぜんこうじ難波の阿弥陀池で仏像を拾った本田善光(地方豪族)が信濃へ戻る途中一泊した村人と共にお籠もりした翌朝、仏像が2体となっていたため(神仏霊験譚)、1体をこの地に安置した(創建伝説)信濃善光寺建立後に善光が再訪し、道中突いてきた杖を挿す...
八尾河内長野

大聖勝軍寺(大阪府八尾市)

だいしょうしょうぐんじ門前に物部守屋の首級を洗った守屋池が残る物部守屋との戦い(戦乱)で劣勢となった聖徳太子が逃げ隠れた椋の木がある助かった聖徳太子は椋の木を使って自らの像(貴人像)と四天王像を造り、戦後同地にこれらの像を安置する太子堂を建...
八尾河内長野

西方院(大阪府太子町)

さいほういん聖徳太子の侍女(あるいは乳母)であった3人の女性(蘇我馬子・小野妹子・物部守屋の娘)が、太子の死後に出家(尼僧)して建立した寺(創建伝説)日本最初の尼寺であるとされる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.77大阪府太子町 ...
八尾河内長野

叡福寺(大阪府太子町)

えいふくじ叡福寺七不思議と呼ばれるものがある御廟の周囲にある結界石は空海が一夜で築いたが(一夜作り伝説)、何度数えても数が合わない聖徳太子が母の棺を担いだ楠の棒を挿すと巨木となった(大乗木)御廟には松の木が生えない、鳥が巣を作らない、雨が降...
八尾河内長野

道明寺(大阪府藤井寺市)

どうみょうじ菅原道真は、伯母の覚寿尼(尼僧)に会いにしばしば訪問した道真が経文の書写中に水が切れたが、二童子が現れて硯に水を注いだ(神仏の加護)道真が大宰府左遷の際に立ち寄ったが、鶏が早く鳴いて長居できず、「鳴けばこそ 別れも憂けれ 鶏の音...
泉大津岸和田

阿弥陀寺(大阪府和泉市)

あみだじ行基が光明皇后の安産祈願のため祈祷をしていたところ、全山が鳴動し光り輝く中に阿弥陀如来を見た無事安産が伝えられたので、この地に一寺を建立した(創建伝説)安産や子授けのご利益があり、お礼参りとして腹帯(肌着)を奉納する(特別な奉納)『...
泉大津岸和田

施福寺(大阪府和泉市)

せふくじ通称・槙尾寺西国三十三ヵ所観音霊場の第4番札所役行者が、経巻(経典)を葛城の山々に分けた際、この山に最後の1巻を納めたので“巻尾山”と呼ばれた(地名の由来)空海がこの地で出家剃髪したとされる花山院が道に迷った時、馬のいななきに導かれ...
泉大津岸和田

浄福寺(大阪府和泉市)

じょうふくじかつて安楽寺(現:国分寺)の奥の院で、智海上人(名僧)が修行中に尿意を催し、その小水を雌鹿が舐めた雌鹿は懐妊して人間の子供を生んだが、これが後の光明皇后とされる(生誕伝説)光明皇后は足指が鹿のような形であったため(不具者)、袋で...
泉大津岸和田

国分寺(大阪府和泉市)

こくぶんじ承和6年(839年)に河内国から和泉国が分国された折りに国分寺に指定されたが、それ以前安楽寺と呼ばれたこの寺で修行をしていた智海上人(名僧)の小便を舐めた牝鹿が産んだ子供が、後の光明皇后とされる(生誕地:生誕伝説)『日本の伝説8 ...