加賀小松菅生石部神社(石川県加賀市) すごういしべじんじゃ用明天皇元年(585年)に宮中に祀る神を当地に遷して創建された加賀国二之宮奥州へ逃げ落ちる途上の源義経一行が参拝した祭神の女神(豊玉姫命)を覗き見した神主があり、その神主が入水した池の魚は片目になった(片目の魚:罰を与え... 2025.06.18加賀小松
加賀小松正覚寺(石川県加賀市) しょうがくじ仏御前が郷里の加賀へ戻る時、平清盛から貰った阿弥陀如来像が本尊この仏像は靴(履物)を履いた姿をしており“履行阿弥陀如来”と呼ばれる寺には仏御前の木像(貴人像)も安置される『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.72石... 2025.06.18加賀小松
加賀小松大聖寺城址(石川県加賀市) だいしょうじじょうし関ヶ原の戦いの時に、大聖寺城主の山口玄蕃(大名)は西軍に属し、東軍の前田利長によって討ち果たされたその後前田家の藩士が城跡の錦城山に登ると、かんざし(装身具)を挿した蛇やお歯黒をつけた蛇に襲われた(落城伝説:祟り)これら... 2025.06.18加賀小松
加賀小松長谷部神社(石川県加賀市) はせべじんじゃ能登の地頭であった長谷部信連(源平の武将)が、白鷺が足の傷を癒やしているのを見て山中温泉を再興したその時、行基が彫った薬師如来(仏像)が流れ着いたため、それを寺に祀った『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.70石... 2025.06.18加賀小松
加賀小松法皇山横穴古墳(石川県加賀市) ほうおうざんよこあなこふん花山院の陵墓、あるいは院の宝物を埋蔵したとされた古墳院の崩御後、勅使がこの地に残って居住するようになったことから“勅使町”の名が付いた(地名の由来)実際は、6~7世紀にかけて造られた横穴式の集団墓『日本の伝説12 ... 2025.06.18加賀小松
加賀小松専光寺(石川県加賀市) せんこうじ専光寺の寺男・幸蔵と湯女(遊女)のお光は恋仲となり、幸蔵が打ち鳴らす太鼓(楽器)を合図に逢瀬を重ねていたお光は病に倒れて幸蔵の許へ行けなくなり、幸蔵は日が経つにつれ半狂乱となった幸蔵はある日太鼓を乱打し、その音を聞きながらお光は亡... 2025.06.17加賀小松
加賀小松山代温泉 総湯(石川県加賀市) やましろおんせん そうゆ神亀2年(725年)白山へ行く途中の行基が、烏が羽の傷を癒やしているのを見て発見した温泉烏は八咫烏であったとされる現在は、共同浴場として総湯と古総湯(湯浴みのみ)の2つの施設がある『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』... 2025.06.17加賀小松
加賀小松首洗池(石川県加賀市) くびあらいいけ篠原の合戦(源平の戦い)で手塚太郎光森(源平の武将)に討ち取られた斎藤実盛の首実検のため、木曽義仲が首級を洗ったとされる池『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.68日本伝承大鑑:石川県加賀市 柴山町 2025.06.17加賀小松
加賀小松都もどり地蔵(石川県加賀市) みやこもどりじぞう西行が北陸から都に戻る際、同行していた友人(または弟子)の西住(歌人)は山中(現:山中温泉西住町)の地に残ったその後西住は西行を懐かしみ、2人が別れた場所に地蔵を安置した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.... 2025.06.17加賀小松
加賀小松振橋神社(石川県加賀市) ふりはしじんじゃ神社の裏の沼に棲む怪魚の“グズ”が田畑を荒らし人身御供を求めた村人が神に祈ると、神は武士に化身して“グズ”を退治した(化け物退治)“グズ”の模型を造ってそれを焼く祭礼がおこなわれる現在境内にある池は、故事にならって造り直され... 2025.06.17加賀小松