石川

加賀小松

勝楽寺(石川県小松市)

しょうらくじ安宅の関を越えた源義経一行が、関守の富樫泰家(源平の武将)により赤飯(料理)の饗応を受けた弁慶は感謝の印に法螺貝(楽器:寺宝)を奉納した『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.58石川県小松市 安宅町
加賀小松

安宅関跡(石川県小松市)

あたかのせきあと奥州に逃れようとした源義経一行は、安宅の関所で富樫左衛門泰家(源平の武将)に嫌疑を掛けられた弁慶は、疑われた義経を杖で打ち据えることで、この窮地を逃れた歌舞伎「勧進帳」の舞台として有名(演劇)、歌舞伎役者をモデルとした弁慶・...
加賀小松

多太神社(石川県小松市)

ただじんじゃ武烈天皇5年(502年)に後の継体天皇が創建したとされる古社木曽義仲が戦勝祈願のため、討死した斎藤実盛の鎧兜や直垂の切れなどを奉納した後年松尾芭蕉が来訪して詠んだ「むざんやな 甲の下の きりぎりす」の歌碑が残る『日本の伝説12 ...
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蟹淵(石川県能美市)

がんぶちある村の者が淵に雨乞いに来て、さらに鍬(農具)で水戸口を開いたところ、大蟹が襲ってきた村人の一人が鍬で蟹の足に傷を負わせ、蟹は「間に集落さえなければ、おまえらの村を押し流したのに」と言って消えたその後、村の者が温泉に湯治に行き、足に...
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根上松(石川県能美市)

ねあがりまつ樹高約14mの松の木で、樹根が地表より60cmほど隆起している根上町はこの木から名付けられた(地名の由来)源氏方の井家次郎範方(源平の武将)らが平家軍に追い込まれ、この松の木で全員が討ち死にした(源平の戦い)奥州へ逃げ落ちる源義...
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即得寺 狐塚(石川県能美市)

そくとくじ きつねづか人をたぶらかしていた2匹の白狐が捕まったが、即得寺の住職がそれを諭して逃がしてやった狐は火除けの効がある国重の刀剣を差し出して、恩義に報いた(現在も寺宝)その後狐は死ぬまで寺に棲み着き、死後境内に葬られた(動物報恩譚)...
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草深甚四郎碑(石川県川北町)

くさぶかじんしろうひ天狗にさらわれて剣の奥義を学んだとされる、戦国時代の剣豪・草深甚四郎の墓所がある甚四郎が編み出した深甚流は加賀藩の武学校・経武館で伝授継承された昭和以降この場所で慰霊祭や奉納剣道大会がある『日本の伝説12 加賀・能登の伝...
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岩本神社(石川県能美市)

いわもとじんじゃ嘉承元年(1106年)の創建で、かつて白山比咩神社(一之宮)の摂社・岩根の宮(“白山七社”の一つ)とされた奥州へ落ち延びる途中の源義経一行が一夜を明かしたとされる『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.50石川県...
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天狗壁(石川県能美市)

てんぐかべその頂上に天狗が棲んでいるとされる断崖頂上にある御座石(巨石)は上杉謙信にその美しさを讃えられた『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.50石川県能美市 岩本町
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仏屋敷(石川県白山市)

ほとけやしき?親鸞が名号を書いて、激しく波立つ手取川に投げ入れると、波風が穏やかとなって船で渡ることが出来た(神仏霊験譚)渡し場船頭の加右衛門は名号を書いた紙を貰い受け、その住居は“仏屋敷”と呼ばれるようになった『日本の伝説12 加賀・能登...