新潟

長岡魚沼

光正寺 与茂七の首塚(新潟県長岡市)

こうしょうじ よもしちのくびづか正徳3年(1713年)、中之島の庄屋であった大竹与茂七(義民)は無実の罪で打ち首となった昭和53年(1978年)に与茂七生誕300年を記念して、宗家の菩提寺の境内に首塚が立てられた『日本の伝説41 越後の伝説...
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与茂七地蔵(新潟県長岡市)

よもしちじぞう庄屋と対立し、新発田藩所有の林の木を切ったなどの無実の罪を被せられ、正徳3年(1713年)に処刑された大竹与茂七(義民)の首を晒した場所(刑場)に建てられた地蔵その後、新発田の町では大火(火事)が起こり、与茂七の祟りとされた『...
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蒼柴神社 忠犬しろ神社(新潟県長岡市)

あおしじんじゃ ちゅうけんしろじんじゃ名主が飼っていた白犬が強く、狼の群を追い払うなどの噂から、藩主(大名)の牧野忠辰が貰い受けた白犬は参勤交代の後を追い掛けて江戸に来たが、尾張藩の犬と喧嘩をして、藩主よりお叱りを受けた白犬は単身長岡に戻っ...
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城内稲荷神社(新潟県長岡市)

じょうないいなりじんじゃ長岡城築城の検分をおこなっていた時、1匹の白狐が苧(麻)を咥えて線を引いたその線を元にして城が建てられたことから苧引型兜城と呼ばれ、城内に稲荷が祀られた(創建伝説)現在は長岡城の二の丸跡地に鎮座する『日本の伝説41 ...
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西生寺(新潟県長岡市)

さいしょうじ山の頂上からまばゆい光が差し(怪光)、海の底まで照らしたため、魚が寄らなくなった漁夫が山に登って確かめると、黄金仏が捨ててあった仏像を持ち帰って寺を建てると、再び魚が沖に戻ってきて、浜は栄えた(創建伝説)『日本の伝説41 越後の...
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八百比丘尼の松(新潟県長岡市)

やおびくにのまつこの浜に滞在した弥彦の神(その他の神々)が、ある時3人の村人を招待して、丸穴の貝を土産に持たせた3人のうち金五郎は貝を戸棚に隠したが、17になる娘がそれを食べて不老不死の身体となった500歳になった時に娘は仏門に入り、家の前...
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愛宕神社 初君の歌碑(新潟県長岡市)

あたごじんじゃ はつきみのかひ藤原為兼(公家)が佐渡へ流される時、この地で船待ちをしたその間のつれづれを慰めたのが遊女の初君であったが、船出の際に互いに和歌を読みあって別れた赦免された為兼は勅撰和歌集『玉葉和歌集』の編纂の際に初君の「もの思...
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聚感園 弁慶手掘の井戸(新潟県長岡市)

しゅうかんえん べんけいてぼりのいど寺泊周辺を領した、地方豪族の五十嵐氏の屋敷跡で、佐渡へ流罪となった順徳上皇も風待ちで滞在した海上で遭難して寺泊に漂着した源義経一行もしばらく逗留したが、その間に弁慶が井戸を掘って主人に供した『日本の伝説4...
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勝見稲荷堂(新潟県出雲崎町)

かつみいなりどう源義経の兜の守護神である、源九郎稲荷(狐)を祀るこの地に上陸した義経を見送った後、静御前と佐藤継信・佐藤忠信の母である音羽御前がこの地に留まって建立した(創建伝説)別名・源九郎稲荷『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)p...
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良寛堂(新潟県出雲崎町)

りょうかんどう良寛(僧侶:歌人:書家)の生家である橘屋跡(屋敷跡)に、大正11年(1922年)に建てられた良寛の遺徳を偲ぶ堂宇で、良寛が携帯していた石地蔵をはめ込んだ多宝塔(石塔)が堂内に安置される『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)...