仏像

橿原桜井天理

慈明寺(奈良県橿原市)

じみょうじある侍が馬で寺の前を通ると急に馬が動かなくなり、下馬して通った本尊の十一面観音(仏像)が道に向いていて馬を止めると聞いたため、その向きを変えて乗馬して通れるようにした『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.56奈良県橿原市 ...
奈良宇陀

東大寺法華堂 執金剛神像(奈良県奈良市)

とうだいじほっけどう しつこんごうしんぞう法華堂(三月堂)で平将門調伏の祈祷をおこなっている時、神像(仏像)の髻部分が取れて、無数の蜂が飛び出して東へ行ったその後平将門は蜂に苦しめられて敗れたとも、こめかみを刺されて死んだともされるまた調伏...
奈良宇陀

東大寺 良弁杉(奈良県奈良市)

とうだいじ ろうべんすぎ近江国で大鷲が幼子をさらい(子女受難)、奈良の春日大社近くまで運んだ鷲を見つけた義淵僧正が幼子を助けたが、やがてその子が成長して良弁僧正(名僧)となった良弁の噂を聞いた生みの母が東大寺を訪ね、手彫りの観音像(仏像)を...
行田春日部

遍照院 駒形薬師(埼玉県行田市)

へんじょういん こまがたやくし藤原秀衡の護持仏(仏像)であり、眼病を治した夢告により牛車で運んでいる途中で牛が倒れたため、この地に安置した(創建伝説)死んだ牛を埋めたところに植えた松を秀衡松と呼んだ(若木があるとのこと)『日本の伝説18 埼...
熊谷深谷

船釜(埼玉県寄居町)

ふながま鉢形城のそばを流れる深沢川(河川)に船釜と呼ばれる淵があり、賽取左衛門が若い妻と暮らしていたある日、妻は自分の正体が船釜にある龍宮の乙姫の召使いで、帰還する命が下ったと言いだした妻が淵の奥へ消えたので、左衛門も後を追って淵の中に入り...
川越所沢飯能

慈光寺 仁王像(埼玉県ときがわ町)

じこうじ におうぞう泣く子に対して母親が「泣くと仁王に食わせるぞ」と脅していたが、ある夕方泣いていた子がいなくなった(子女受難)もしやと思い仁王像のところへ行くと、仁王の口から子の付け紐(衣類)が垂れ下がっていた(罰を与える)怒り狂った母親...
川越所沢飯能

霊巖寺 田植え地蔵(埼玉県日高市)

れいがんじ たうえじぞう本尊の地蔵菩薩像(仏像)は榛名山開山の満行上人(名僧)の作とされる近くの田に現れた老人が方々の田植えの手伝いをした(手伝う神仏)村の者がこの寺まで送っていくと消えてしまい、本尊の地蔵を見ると老人そっくりの顔だった『日...
川越所沢飯能

来迎寺 阿弥陀三尊像(埼玉県所沢市)

らいごうじ あみださんぞんぞう元は藤原秀衡の持仏であったが、源頼朝が所望したため鎌倉まで運ばせた途中の坂で急に車が動かなくなったので引き返し、この地に留まることになった(創建伝説:車返しの弥陀)ある老夫婦の許へ旅の僧が一夜の宿を求めたが、そ...
川越所沢飯能

薬王寺 ねずみ薬師(埼玉県所沢市)

やくおうじ ねずみやくし南朝の新田義宗(南北朝の武将)が隠れ住んだ終焉の地とされ、本尊の薬師如来(仏像)はその持仏といわれる後に鼠が大繁殖し、新田の怨霊の仕業とされた時、薬王寺の本尊がそれを追い払うとして広く信仰された(鼠除け)『日本の伝説...
行田春日部

総願寺(埼玉県加須市)

そうがんじ重篤な病となった58代光孝天皇が智証大師(名僧)に命じて彫らせた不動明王(仏像)を祀る関東に移された後に水害によって像が流されこの地に辿り着いたため、ここに堂宇を建てて祀った(創建伝説)不動明王を祀ったことから不動岡の名が付いた(...