武雄多久小城鷺田神社(佐賀県武雄市) さぎたじんじゃ米守という役人(官吏)が、岩場の陰で1羽の白鷺が傷ついた脚を湯に浸して治しているのを見て温泉(白鷺の湯)を発見したこの鷺のいた叢林を“鷺の森”と呼び、そこに小祠を建てて鷺明神を勧請した(創建伝説)『日本の伝説38 佐賀の伝説』... 2026.02.26武雄多久小城
唐津伊万里虹の松原(佐賀県唐津市) にじのまつばら海岸線(浜海岸)にある長さ4.5km、幅約500mの松林(叢林)唐津藩初代藩主・寺沢広高(大名)が砂防林として植林したのが始まりとされる(起源伝説)豊臣秀吉にまつわる七不思議があり、一喝したため蝉(昆虫)が鳴かなくなった(音止... 2026.02.07唐津伊万里
生駒葛城追着神社 追付の森(奈良県御所市) おおつきじんじゃ おおつきのもり?17歳の役行者が初めて葛城山へ登った時、若い女が絡んできたので打つと、女は悪臭を放って逃げた追いかけると、叢林で女は大蛇となって襲いかかったが、鴨の神が加勢して追い払った『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川... 2025.11.22生駒葛城
伊賀名張八幡長者屋敷跡(三重県名張市) はちまんちょうじゃやしきあと?近江国の八幡長者の息子が業病にかかったため(病者)、故郷を離れて移り住んだとされる屋敷跡現在は叢林として名が残っている『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.89三重県名張市 中知山 2025.11.18伊賀名張
奈良宇陀常盤の森(奈良県奈良市) ときわのもり常盤御前が2人の子を連れて通り掛かった時、急に産気付いたやむなく叢林の中にある石の上で出産したが、それが後の源義経となる(生誕伝説)この叢林は別名、藤の森、不浄の森とも呼ばれる近くの川の水を産湯に使ったが、その場所をタライが淵と... 2025.11.17奈良宇陀
橿原桜井天理気都和既神社 茂古の森(奈良県明日香村) けつわきじんじゃ もうこのもり乙巳の変(歴史的事件)で暗殺された蘇我入鹿の首級が、藤原鎌足を追ってきた(死者の怪)多武峰まで逃げた鎌足が「もう来ぬだろう」と叢林で一息ついたことから名が付いた(地名の由来)鎌足が腰掛けた石(腰掛け石)がこの境... 2025.11.17橿原桜井天理
橿原桜井天理談所ヶ森(奈良県桜井市) だんじょのもり談山神社の上手にある叢林で、中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)が密議を交わした(地名の由来)乙巳の変で暗殺された蘇我入鹿の首級がここまで飛んできて、この地に落ちたとされる『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.... 2025.11.15橿原桜井天理
橿原桜井天理屋就神命神社・矢継の森(奈良県橿原市) やつぎしんめいじんじゃ・やつぎのもり聖徳太子が居を定めようと矢を放って最初に落ちた叢林まだ場所が悪いとして再度矢を放って、法隆寺あたりに落ちたため居を定めたとされる(地名の由来)大和国土佐の殿様が郡山の殿様へ矢を射て最初に落ちた場所土佐の殿... 2025.11.14橿原桜井天理
沼田草津添うが森/添わずが森(群馬県高山村) そうがもり/そわずがもり平将門討伐のため従軍した小野俊明(廷臣)は、当地で“あわび姫”を見初めたため、出陣出来ずに終わった俊明は恥じて出家して熱退と名乗り、天慶7年(944年)一子を連れて面会を求めたあわび姫を拒絶した(悲恋伝説)悲嘆したあ... 2025.09.27沼田草津
沼田草津うつぶしの森(群馬県沼田市) うつぶしのもり正平23年(1366年)新田義貞の息子・義宗(南北朝の武将)がこの一帯で足利方の上杉・千葉と戦った(南北朝の戦い)義宗は敵の矢を右目に受けて落馬、うつ伏せになって討死した場所が叢林となって残った(地名の由来)森の中には、義宗の... 2025.09.26沼田草津