和歌

岡崎豊田刈谷

無量寿寺 八橋(愛知県知立市)

むりょうじゅじ やつはし川で2人の子供を溺れ死なせた母が尼僧となり、川に8つの橋を架ける大願を成就した橋は八橋と呼ばれるようになり、周囲に杜若が咲く名所となった在原業平はこの八橋で、各句の頭に「かきつはた」の文字を織り込む「唐衣 きつつ馴れ...
豊橋豊川新城

伊良湖神社 磯丸霊神祠(愛知県田原市)

いらごじんじゃ いそまるれいしんほこら無学の漁夫だった糟谷磯丸(歌人)は30歳半ばで和歌を始め、数多くのまじない歌で有名となった死後、まじない歌の効験から神格化され祠が建てられ、現在は伊良湖神社境内に糟谷磯丸旧里の碑(歌碑)と共にある『日本...
岡崎豊田刈谷

小太郎石(愛知県岡崎市)

こたろういし洪水のために木の橋が流されたので、土地の力持ち・小太郎(名士)が橋の代わりに山から運んできた巨石(力石:怪力伝説)後年この石に、伊良湖の歌人・磯丸が詠んだ和歌が彫られた『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.66愛知県岡崎市...
津島常滑知多

恋の水神社(愛知県美浜町)

こいのみずじんじゃ神のお告げで神水があることを知った允恭天皇が、藤原仲興(廷臣)に命じて探索させた尾張に赴いた仲興は湧水を見つけたが、誰もその名を知らないため“知らぬ沢”と名付けて和歌を詠んだ和歌の中に「君が恋しし水を汲むかな」とあったこと...
名古屋

熱田神宮 二十五丁橋(愛知県名古屋市熱田区)

あつたじんぐう にじゅうごちょうばし25枚の敷石(石材)からなる橋で、このことから名がついた(地名の由来)西行が熱田神宮を参拝し、この橋のたもとで「かくばかり 木陰すずしき 宮立ちを 誰が熱たと 名づけ初めけむ」と和歌を詠んだすると「やよ法...
東金九十九里

墨染桜(千葉県東金市)

すみぞめざくら文治2年(1186年)西行が重源(名僧)の依頼を受けて東大寺再興勧進を奥州の藤原秀衡に頼むため、山城国の墨染寺にあった桜の枝を杖として旅をしていたこの地で山部赤人と小野小町を偲び、杖を地面に挿して「深草の 野辺の桜木 心あらば...
船橋松戸野田

正覚院鴨鴦寺(千葉県八千代市)

しょうかくいんおうえんじある男が阿蘇沼にいたおしどりの雄を射殺したその夜、夢の中におしどりの雌が人の姿となって現れ、夫婦の情愛を「日くるれば 誘いしものを あそぬまの まこもかくれの ひとり寝そふき」と和歌に詠んで消えた男は出家して真円と名...
船橋松戸野田

亀井院 真間の井戸(千葉県市川市)

かめいいん ままのいど亀井院の庭にある井戸手児奈が毎日井戸の水を汲みに来たとされる『万葉集』で高橋虫麻呂(歌人)が「かつしかの 真間の井を見れば 立ちならし 水汲しけむ 手児奈し思ほゆ」と和歌に詠んだ『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)...
長岡魚沼

愛宕神社 初君の歌碑(新潟県長岡市)

あたごじんじゃ はつきみのかひ藤原為兼(公家)が佐渡へ流される時、この地で船待ちをしたその間のつれづれを慰めたのが遊女の初君であったが、船出の際に互いに和歌を読みあって別れた赦免された為兼は勅撰和歌集『玉葉和歌集』の編纂の際に初君の「もの思...
上越糸魚川

親不知子不知(新潟県糸魚川市)

おやしらずこしらず北陸道(街道)の難所として知られる断崖平頼盛(平氏)を追って、夫人がここを通った時に、2歳になる子を波にさらわれた(子女受難)夫人は嘆き悲しみ作った「親知らず 子はこの浦の 波まくら 越路の磯の 泡と消えゆく」の和歌が、地...