高槻茨木池田不老水(大阪府高槻市) ふろうすい歌人の伊勢を慕ってこの地に隠棲した能因法師が、茶を飲む時に使ったとされる湧水法師が不老不死を願って茶を飲んだことからその名が付いた(地名の由来)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111大阪府高槻市 古曽部町 2025.07.13高槻茨木池田
八尾河内長野鷹塚山(大阪府枚方市) たかつかやま標高67mで、枚方丘陵で最も高い丘にある惟喬親王が狩りで使っていた愛鷹が死んだため、葬った地とされる(地名の由来)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.102大阪府枚方市 高塚町 2025.07.12八尾河内長野
八尾河内長野御殿山神社(大阪府枚方市) ごてんやまじんじゃ惟喬親王が見晴らしの良さから東屋を建てた丘に建つ神社江戸時代初期に淀藩主永井氏(大名)によってこの丘に陣屋が建てられ、御殿山という地名の由来となった現在の神社は明治3年(1870年)に創建されたもの『日本の伝説8 大阪の伝... 2025.07.12八尾河内長野
八尾河内長野蹉跎神社(大阪府枚方市) さだじんじゃ大宰府に左遷される菅原道真が、途中の丘で休憩し、都との別れを惜しんだ娘の苅屋姫は父を慕いこの地まで来たが、間に合わず足摺り(蹉跎)をしたことが地名の由来となる(親子の情愛)その後村人が丘の上に社を建て、道真自作の自身の像(貴人像... 2025.07.11八尾河内長野
八尾河内長野楯津浜の碑(大阪府東大阪市) たでつはまのひ神武東征の際、長髄彦に孔舎衙坂で敗れた神武天皇らが退却した地ここまで退却したところで、神武天皇は、負傷した兄・五瀬命のために盾を立てて雄叫びを上げたことから盾津の名が付いた(地名の由来)盾津の比定地とされる場所に石碑がある『日... 2025.07.11八尾河内長野
八尾河内長野大聖勝軍寺(大阪府八尾市) だいしょうしょうぐんじ門前に物部守屋の首級を洗った守屋池が残る物部守屋との戦い(戦乱)で劣勢となった聖徳太子が逃げ隠れた椋の木がある助かった聖徳太子は椋の木を使って自らの像(貴人像)と四天王像を造り、戦後同地にこれらの像を安置する太子堂を建... 2025.07.09八尾河内長野
八尾河内長野胸切坂 胸切地蔵(大阪府河内長野市) むなぎりざか むなぎりじぞう堺の長者の娘が紀州へ嫁ぐため、輿に乗ってこの坂に差し掛かった時、新郎の急死が伝えられた娘は決して実家へ戻らぬ決心であったため、この場で胸を懐剣で刺して自害した(子女受難)このためこの坂を胸切坂と呼ぶようになった(... 2025.07.09八尾河内長野
泉大津岸和田施福寺(大阪府和泉市) せふくじ通称・槙尾寺西国三十三ヵ所観音霊場の第4番札所役行者が、経巻(経典)を葛城の山々に分けた際、この山に最後の1巻を納めたので“巻尾山”と呼ばれた(地名の由来)空海がこの地で出家剃髪したとされる花山院が道に迷った時、馬のいななきに導かれ... 2025.07.09泉大津岸和田
泉大津岸和田▲弘法井戸(大阪府和泉市) こうぼういど空海が水と一夜の宿の礼に、水の便が悪いと嘆く庄屋のために井戸を掘り当てた井戸のそばに樫の杖を挿して去り、その木が成長したことから、若樫の地名の由来となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.68大阪府和泉市 若樫町 2025.07.09泉大津岸和田
泉大津岸和田加茂神社(大阪府阪南市) かもじんじゃ山城国の加茂神社社殿造営に当たり、御神体を入れていた箱(箱類)を作り替え、古いものを鴨川に流した箱は大阪湾を出て、この地の浜に流れ着き、箱の由来を知った村人が祀った(創建伝説)箱が流れ着いた里なので“箱着里”と呼ばれ、地名の由来... 2025.07.09泉大津岸和田